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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
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聖女の目覚め

沢山の女性達の悲鳴を聞きつけてゴブリンの巣へ飛び込んで行くそよ子。

 洞窟の中は1本道で壁には等間隔に小さな篝火が腰くらいの位置に付いている。道の端にはクレスト隊長とビャクシンさんに倒されたゴブリンの死体が沢山あり、出来るだけ踏まない様に走った。素早さステータスが上がっているからか私の走るスピードは以前より早い。頭の中の女性達の声は遠ざかり聞こえなくなっていたが、使命感を感じて洞窟の奥へと進んだ。



「……これだけの数の女性達が……クソッ! 魔物め!」


「…予想はしていたことでしょう…」


 クレスト隊長の怒声とビャクシンさんの静かな声が聞こえる。


 其処は洞窟の中でも大きな空間が広がっていて、ビャクシンさんの魔法で薄っすらと周囲がわかる程度に明るくなっていた。ビャクシンさんの魔法ならこの場所をもっと明るく出来るだろうけれど、わざと明るさを抑えているみたい。何故ならその場には沢山の人間の女性たちが乱れた姿で集まっているから、彼女達の惨状を浮き彫りにしないようにしている。


 同じ女としてこの場に足を入れるのは怖い。

 それでも…放って置けない…泣くな私! 惨い事をされたのは彼女達なのだから!


 グイッと袖で目元を拭い私はビャクシンさん達の近くへ歩み寄った。


「…聖女様…」

「やはり…来てしましたか…」


 クレスト隊長もビャクシンさんも女の私にこの光景を見せたくなかったようだ。


 周囲を見渡せば光の届かない暗闇に既に生き絶えた女性が何層にも重なっている。その近くには大きくお腹を張らせ顔や手足が痩せこけた女性達が焦点の合わない目で宙を見ていた。お腹が膨れていない女性達は裸で寄り添いながら震えていて、まだ此処へ誘拐されて来たばかりなのか衣服を纏う少女達もいる。


 赤毛の少女の村の女性以外も此処にいるのだろう。あんな多数のゴブリンを産ませたんだ。これだけ大勢女性を集めていたのね。


「これから、どうするの?」


 私は女性達から目を離さずクレスト隊長とビャクシンさんへ聞いた。


 今までの流れからして…この事態は…私以外は予期していたのだろうから。この先の予定も2人はもう決めているはず。


「あちらに居る女性達は体を動かせるので直ぐにでも故郷へ帰してやります」


 クレスト隊長は衣服を着た少女達を見ながら言った。

 少女達は誘拐されてから日が浅いのかまだ体力があり、クレスト隊長の言葉を聞いて助かったと素直に安堵の表情を浮かべる。そして、私より少し遅れて来たフェンネルさんに誘導されゴブリンの巣から出て行った。


「亡くなった女性の遺体は私が魔法で移動させましょう」


 生きた人間に移動魔法を使うと魔力を持たない人は気が狂ってしまうが、遺体にはもう心が無いから瞬間移動できるらしい。彼女達の亡骸は後日、マジョラム国の役人が実家を調べて遺体を届けるとビャクシンさんから説明された。


 そうだね。とても悲しいけれどせめて遺体だけでも家族の元へ帰りたいよね。


 そうしてこの場には裸で震える女性達とお腹の大きな女性達が残る。

 隊長やビャクシンさんに説明されなくても、お腹の出ている女性達はゴブリンの子を妊娠させられていると察しが付いた。


「…どうしよう…どうするの? お腹のゴブリンを堕ろせば彼女達を助けられるの?」


 私の問いにビャクシンさんが答える。


「無理です。ゴブリンは女の腹から2匹〜3匹単位で産まれ出ます。

 妊娠期間は6ヶ月程でゴブリンを妊娠中に女性は自我が崩壊してしまうのです」


「…壊れるって…」


「ゴブリンは人間の女の腹から生まれますが、女性は当然ゴブリンの子供など産みたくないでしょう。

 正気であれば魔物を妊娠させられた女は死を選び、ゴブリンは産まれることが出来ない。

 ですから自分達を産ませる為にゴブリンの卵は着床した瞬間、母体の脳へ働きかけて妊婦に正常な考えをさせないようにします」


 ビャクシンさんは淡々とゴブリンの生態を話す。


「そんな!…それじゃあ…彼女達は!」


「…生きてはいますが…人としての意識は既にないでしょう」


 そんな、そんな、酷い、酷い


「ビャクシンさんの魔法でどうにか助けられないの?」


「……………………」


 ビャクシンさんは首を小さく横に振った。と、クレスト隊長が腰の剣を抜く。


「…は…?」


 まさか、まさか、まさか


「…せめて楽にあの世へ送ってやろう…」


 待って、待って


「待って! そんな死ぬしかないなんて!」


「このまま生き続けゴブリンを産むことが、彼女達にとって良いと思われますか?」


 クレスト隊長は悲痛な表情を浮かべて自分に言い聞かすように言葉を発する。

 クレスト隊長だって辛いのは分かる。でも、私は感情が爆発してしまった。


「思わないよーーー!

 そんな思うわけない! でも、でも、でも被害者なのに! 此処にいる女性達は何も悪くないのよ!」


 叫ぶ私の体が発光する。

 自分の中から熱いエネルギーが白く光り発射しているが、頭の中は感情で一杯で


「拐われて乱暴されて! 望みもしない妊娠をさせられて! その上、剣で斬られて死ぬなんて!」


 声は止められず。

 自分から放たれる強い光で周りにいるビャクシンさんやクレスト隊長、女性達が視界から消えた。真っ白で何も見えない。

 でも、心の中は感情で一杯! 何とかしたいのよ!


「…あんまりだわ…こんな人生…」


 女性達に対する悲哀で満たされた私に何処からともなく可愛い声が語りかけてきた。


 『誰を助けたい?』


 声の主は分からないけれど、誰でも良いから私の希望を聞いて欲しい!

 助けたいのは誰って、そんなの決まってる!


「全員、助けたいよ! 此処にいる女性達を1人残らず全員! 元の村娘に戻してあげたい!」


 『女性達だけで良い?』


 …ううん…違うの…さっきはゴブリンを堕ろしたらって言ったけれど…


「…赤ちゃん…ゴブリンの赤ちゃんも助けられるの?

  赤子に罪はなくても産まれればその子供達は女性を襲うよね?

 だからゴブリンとして生は受けて欲しくないけれど …もしも…生まれ変わりがこの異世界にあるのならココにある新しい命は別の何かに産まれて欲しい」


 私はまだ妊娠も出産もしたことがないけれど、赤子に罪はないと思うから


 『ワガママね』


「うん」


 『傲慢ね』


「うん。私は神様じゃないから人間だから、ゴブリンの存在を認められる広い器を持ってはいない。

 私は自分勝手で尊大な願いをしていると思うよ。

 これが私だけの正義でも今貴女の質問に対する願いはーーー」



 貴女が誰かは知らないけれど、女性達をゴブリンに拐われる前の元の姿に戻して、お腹の赤子を転生させて



『その聖女(ちから)は貴女にあるわ。

 大丈夫よ。貴女の強い望みは叶えられる』


 可愛い声は私にはっきりと答えて消えた。その答えに私は安心した。

 何故か物凄くあの声の人を信頼出来る気がしたから。

 私の望みなんて独りよがりで度量の狭い願いだけれど失くなる命は少ない方が良いもの。



 ここで意識が途絶えた…まるでフッと深い眠りに入るように…


 ……………………………………………………



「そよ子」



「…ビャクシンさん…」



 1度だけ私の名を呼ぶビャクシンさんの声が聞こえ目を開けると、朝日が昇る空の下でビャクシンさんが私を膝の上に乗せて抱いていてくれた。

 そのままスッと周囲を見渡すと沢山の女性達がこちらを向いている。

 彼女達は瞳から怯えが消えて輝かしい表情をしていた。



 と、また私は白く深い場所へ落ちるーーーとても満たされた気持ちでーーー
















ここまで読んでいただき有難うございました。

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