⑦ 魔法使い
時は戻りましてーーー
「魔法使い殿。少し宜しいか?」
城内を歩いているとクレスト隊長に呼び止められた。
私に声をかける者は珍しい。が、クレスト隊長は聖女サクラの子孫であり、幼い頃から剣技に突出した才能の持ち主で己を鍛え上げた武人でもある為自負が強い。私に恐れを抱かない稀有な人間だ。
「聖女様の次のレベルアップの相手に…ゴブリンをと考えているのだが…」
いつも強気なクレスト隊長にしては珍しく歯切れの悪い物言い。それもそのはず
「…ゴブリン…」
ゴブリンは力は大して強く無いが、狡賢く集団で行動し人間の女性の天敵と言われる魔物。
「今のそよ子には、まだ些か厳しい相手ではありませんか?」
そよ子が今まで倒したスライムや大型の昆虫達と対峙するのとは気構えが違う。
「いや…実は…マジョラム国南西の森付近で過去最大と思われるゴブリンの被害が報告され、早急に対処が必要なのだ」
城の中、遠巻きに使用人がこちらを見ている。皆、クレスト隊長が私に酷い対応を受けないか心配なのだろう。それ程不安がられなくも私はクレスト隊長には好感を持っている。彼に無碍な行為などする気は無い。
「早くと言われるのなら、ゴブリンに騎士団を派遣した方が良いのでは?」
クレスト隊長の言い分も分かるが、私のそよ子に重い負担は出来るだけかけたく無い。
だからこの案は簡単には引き下がれない。
「魔法使い殿も知っているだろうが、8団有る騎士達は順番にマジョラム国内で暴れる魔物の討伐へ出ているから、ゴブリン退治へ行かせる余裕が今は無いのだ。
それに聖女様の戦闘レベルならゴブリンと問題無く戦えるはずだ」
「しかし、そよ子は今までスライムや大型の昆虫としか対戦していません。人形の魔物の前に動物系の魔物と対峙させた方が」
ここでいきなり人型の魔物を斬り殺すのはそよ子にとって荷が勝ち過ぎるだろう。
「…魔法使い殿が言われる事はもっともな事だが…南西の森の状況からしてこれ以上時を伸ばせない。
聖女様の身は自分とフェンネル、それに魔法使い殿が守るのだから大丈夫だろう。聖女様の精神面も…自分が説得する…」
クレスト隊長は真正面から私に向かい言う。
彼の態度からしてこれは既に決定事項という事か。
「私は…反対ですが…」
渋々了承の意をクレスト隊長へ伝えた。
本当はクレスト隊長もそよ子をゴブリンと戦わせる事は不本意らしく、そよ子の身の安全とゴブリンの残忍性をそよ子に見せない様にとフェンネル騎士を交え、後日3人で綿密な打ち合わせをした。現状の報告で誘拐された女性達が既にゴブリンの子を腹に宿しているだろうと推測し、又殺されている女性も多数出ているのが予測出来る。
…嫌な戦場へそよ子を連れて行く…
どんよりとした天気が今から向かう場所で起きている悲劇を模様している様だ。緑のコートを着て不安そうなそよ子。私がどんな手段を用いてもそよ子を助けるからと彼女へ微笑むとそよ子は緊張した面持ちで口の端をあげた。
クレスト隊長が懸命にそよ子へゴブリンを倒せと説いているが、恐怖で固まったそよ子にはとても受け入れられそうに無い。隊長には悪いがこれ以上そよ子へ負荷をかけられるのは私も我慢の限界だと声を上げようとした時、2人の騎士は唐突に私の大切なそよ子を醜悪なゴブリン達の前へ出した。
プチッと頭の線が切れる。
そよ子は怯えながらゴブリンへ言葉を投げかけるが畜生の耳に届く訳もなく、ゴブリンは我先にとそよ子に飛びかかった。
クレスト隊長達が愛しい私のそよ子を無理矢理危険に合わせるならば、私にだって考えがある。
豪炎でゴブリン達を焼き払い泣きじゃくるそよ子を胸に抱きしめ決断した。
「今から5日間。私が1人でそよ子のレベル上げをします。
貴方方2人は馬車の場所にでも待機していて下さい」
▽▽▽
そよ子を連れ瞬間移動で森の奥へ着いた時、自分の英断に体が震える程喜ぶ。今この時私とそよ子は2人きり。私とそよ子の間を邪魔する人間が居ない。周囲には魔物がいるが魔物など私の魔法で消せる。なんて素晴らしい場所なんだろう。
しかし私の感動とは裏腹に動揺するそよ子。彼女は真面目な女性だから急に私と2人きりになって迷っているのでしょう。オロオロする雰囲気がなんて可愛らしい。おおっといけませんね。そよ子を安心させてあげなくては。
「取り敢えずそよ子も疲れている事でしょうし、野営の仕度をしますね」
側にあった大木へ空間魔法をかけて部屋を作る。私とそよ子の愛の巣。この様な場所では大して豪華には出来ないが少しでも美しい部屋にしないと。
「そよ子。此処から中に入って見て下さい」
念入りに魔法をかけそよ子を中へと誘う。戸惑いながらもゆっくりとそよ子は木の中へ身を入れた。彼女は怯えながらも私を信じてくれる。そよ子は前世を思い出していないがきっと私へ好意を持ってくれているのだろう。
そよ子は木の家も気に入ってくれた様で
「うわぁ、眩しいー、綺麗いー、広いー
魔法って凄い! ビャクシンさんてファンタスティック!」
と、興奮しながら私を褒めてくれた。天にも登る気持ちだ。
▽▽▽
そよ子に焚き火の番をしてもらい水を汲みに森の奥へと入った。
ああ、なんという充足感。そよ子が転移して来てからずっとそよ子と2人きりになりたかったが彼女は聖女。魔王討伐を果たすまで叶わぬ夢だと思っていましたのに。こうして今日からたった5日程ですが誰にも邪魔されずにそよ子といられます。
あの2人の騎士が伝書でクレマチス姫に私がそよ子を攫ったのを密告しても、私とそよ子の状況が分からないのに姫は無暗に隷属の紋へ呪詛を唱えたりはしないでしょう。
それに私たちの居場所を探る為、急いで此処から帰城し私達を探せる魔法使いを連れて来るのには往復6日はかかる。私は5日と伝えたので魔法使いを連れて来る意味が無いとあの騎士達なら判断するはず。だいたい、私の事を探るという事案に対して首を縦に振ってこの場へ来る魔法使いはいないですしね。
ふふふ、そよ子と私森の中で2人きりですよ。
この機会にそよ子と深い関係になれれば、そよ子から私と暮らす事を望んでくれたらクレマチス姫も強く反対は出来ないはず。そうです! 今夜私はそよ子に甘い夢をみせてそよ子と恋仲になってみせます!
ウキウキと弾む心でそよ子のいる所へ帰ると私の愛しい人の姿が見当たらなかった。
一瞬で頭が冷え周囲の気配を探れば数メートル離れた場所から殺伐とした空気を感じ瞬間移動した。
少し離れた場所でそよ子が真っ赤に染まる大地の上で殆ど裸体に近い少女等を腕に囲んでいる。
…ああ…私はなんて馬鹿なのだ…そよ子と2人きりになれたと浮かれてそよ子の周囲への警戒を怠るなんて…そよ子はどんな気持ちでゴブリンを斬ったのか…
そよ子が私に気が付いた。反射的に地に頭を着け両手を広げた。そよ子を1人にしそよ子を守れなかった事を必死に謝る私にそよ子は私を責めない。
「ゴブリンを斬るのは人道に反すると思っていたけれど、今の私はこの少女達を救えてこれで良かったと考えているよ。だから、お願いビャクシンさん顔を上げて。ビャクシンさんを悪くは思ってないから」
そよ子が私の謝罪に困っている様子なのでそろそろ顔を上げると、そよ子は慈母の表情で私を見つめていた。彼女は少女達を助け本当に心が充ちているのだ。
▽▽▽
イライラする。そよ子を大切だと言っておきながらそよ子を完璧に守護出来ない自分と、そよ子と自分の間に突然現れた生意気な少女達。直ぐにでも親元へ送りつけてやりたく瞬間移動が使えないか少女達の魔力を調べたら案の定魔力0。さすがにそよ子が救出した娘達を私が精神異常状態にする訳にはいかない。今夜一晩…気に入らないが…一夜だけ寝かせたら明日の朝早くに村へ帰そう。
私とそよ子が寝る予定だったベッドを少女達へ止むを得ず譲り、そよ子の希望で1人寝のベッドを2台魔法で出した。少女達の寝る横でそよ子とどうかなんて…無理だ…今回は諦めるしかない。
部屋の中ではしゃぐ子供を睨みつつ寝る支度をし全員で布団へと入る。
布団の中は冷たい。手を伸ばせば届きそうな所にいるそよ子は早くも寝息を立て始めた。彼女は今日ゴブリンとの戦闘で肉体的にも精神的にも相当疲労している。そよ子の規則正しい息遣いを聞き刺々しかった気持ちが静まってきた。そよ子は遠く離れた異世界から今は私の隣にいる。まだ時間はあるのだ。冷静になって私も今夜はもう何も希望せずに…寝るとしよう…
……
朝陽がそろそろ上るだろうという時間帯。ベッドに重みを感じ目を開けた。
ーーー分かっていたーーーそよ子では無い事はーーー少しだけーーー少しだけ期待しただけ
「ウフフフ…魔法使い様…わたし可愛くないですか?」
昼間生意気な態度をとった黄金色の髪の少女が私の布団の上に乗り囁く。
「わたし村で1番可愛いってよく言われるしぃ。
先日なんて首都から来た冒険者にも美しい娘って言われたんですよぉ」
少女は着ている寝間着をだらしなく捲り上げて私の布団へ入って来ようとした。
「わたしならそこの女よりも魔法使い様のお相手に相応しいと思うんですぅ…ぅグウッ!!」
少女の首を片手で締め上げ宙に浮かす。隣のベッドで疲れて眠るそよ子を起こさない様に気を付けて声を潜め
「私とそよ子の大事な時間を邪魔するだけでなく、私の運命の相手を貶める発言。食事時はそよ子の手前聞き逃してやったがこれ以上は断じて許すつもりは無い」
少女は口から苦しそうにヨダレを流しもがく。瞳を大きく開き細い喉を掴む手の平越しに謝罪を言っているのが伝わるがもう遅い。
「子供が突然死した所で私は上手く誤魔化せる自信がある。さて、どんな終わり方にしてやろうか? ただし早く楽になれるとは思わぬ事だ」
少女は恐怖に怯えて全身を痙攣させ気絶した。
フンッ、気を取り戻させて私の気の済むまで痛ぶってから息を止めてやろう。少女の体を床へ落とし魔法の杖を手にしようとしたら赤毛の少女がこちらを見ているのに気が付いた。
ガタガタと震える体で両手を固く握り締めて「お願いします…友達…殺さないで」と拝んでいる。その背後で赤毛の娘に隠れる様に茶髪の子供も目も見開いている。
チッ! 目撃者までやってしまえば…そよ子に申し開きが難しくなる…か
「運が良かったな」
杖を一振りし可愛さが自慢の娘を醜いヒキガエルへと変えた。
ああ、本当に腹が立つ。落ち着く為に森の中を歩くか。
今回は散々だったが今夜がある…そよ子とはまだ一緒に居られるんだから…
そう何度も自分に言い聞かせ木の家を後にした。
ここまで読んでいただき有難うございました。




