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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
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①始まりの姫君

ドロドロな関係から始まります。

 生まれた時から奴隷。

 物心着いた時から私を取り巻く世界とはこういうものだと思っていた。だから、幼少期の私は不幸だとか悲しいとか感じずに生きてきた。粗末ではあるが衣装も用意されて、寝る場所もある。食事は1日2回成長期の自分達には量が少し足りないが、親がいないのだから食べ物を与えられるだけマシな環境で、働く大人達の仕事の手伝いをさせられていた。


 体の弱い奴隷仲間は自然に天に召され、乱暴者や考えが足りない子供も先立ったりして、私が8歳になる頃には仲間は半数くらい居なくなっていた。しかし、コレは奴隷の生きる環境が厳しいから早死にするという事ではなくて、親や保護者がいる子供も大人まで生きられる人間の数は同じくらいの割合なのだ。それがこの世界の常識だ。



「ーーーだから、自分の意思を持ってはいけない、主人のために働く労働力として育てられた奴隷な私ですが、この世界において特別に悲壮な存在ではないのですよ。

 私は奴隷な自分に劣等感など持ってはいないのです」



 奴隷である私の事を心配してくれる優しい元奥様にハッキリと告げた。


 元奥様は18歳。

 美しい光沢のある黒く長い髪は普段キッチリと編み上げているのだが、今はところどころほつれて波打ちながらシーツに広がっている。彼女の顔も体もシミひとつないキメ細かい肌は艶やかで柔らかく、元主人にこの肌を触れられた事実を思うと激しく嫉妬する。だがしかし、元主人はこの世にはもういない。


 自然と口の端が上がり微笑む私の顔が元奥様の透き通る琥珀色の瞳に映る。


 私は彼女に初めて会った時、奥様は余りにも純真無垢だったから気持ち悪くて嫌悪し近付きたくない存在だった。しかし、今はこの清らかで汚れを知らない元奥様の体や心に私を染み付けて、色付ける事が堪らなく愉しくて止められない。彼女の澄みきった魂を塗り潰す代わりに、私の煤けた魂が清らかになる気がする。


 元奥様の髪を一房手ですくい口づけをすると彼女はビクッと体を揺らして、潤んだ瞳で私を見た。


「貴方を助けられなくて…自由にしてあげられなくてごめんなさい…

 本当は奴隷から解放してあげたかったのに…それに…全ての罪は私が被るつもりだったのよ…こんな結果になってしまうなんて…

 私は出来る限り貴方の側に居るし…貴方が望む事をしたいと思う…」


 細い眉を下げて悲しげな顔で私の頬に小さな白魚の手を添え、私の全てを受け入れて包んでくれる元奥様。


 ああ、彼女はこの結果を私が望んだものだという事に気が付いていない。

 私が受けた今の待遇も彼女が私に抱く罪悪感も全て私が企てたもの。


 彼女が夫殺しの罪を1人で被るつもりでいるのは知っていた。

 だからこそ私は奥様にその罰がいかないように今の国王彼女の兄に進言したのだ。元主人の奥様への虐待や私への非道な魔法実験の数々をーーー


 元主人はこの国の貴族にして最高位の魔法使いで国の重要人物。

 だから、彼の死は本来は公に調べ、殺人だった場合は殺害犯は重刑を受けなければならない。国王様は妹を特別に可愛がってはいなかったが、元主人が秘密裏に行なった禁忌の魔法の証拠を見て、元主人の死について魔法研究による実験の失敗で命を落としたと念入りな捜査をせずに発表した。


 まあ、実際元主人の死んだ現場は爆発による散々な惨状で、殺人を疑われるような状況ではなかったし、元主人は魔法使い仲間や城の中貴族にも嫌われていたから、彼の死に疑問を持つ者は現れなかった。


 主人(じゃまもの)()った後はトントン拍子に私が望んだ通りに運んだが…ただ1点…奥様の奴隷になれなかったのは残念だ


「奴隷は自分から主人を選べない…私は奥様を主人とし奥様だけの奴隷になるつもりだったのですが…」


 元奥様は大きな瞳を見開いた。

 彼女は私を奴隷から解放するつもりでいたから、私の言葉に驚いたのだろう。


「こればかりはどうしようもない事ですね。

 ただ…今回…私が契約した主人のお陰で奥様と同じ屋根の下で生きられる事は至上の喜びです」


 元奥様の小さな赤い唇に私の口を重ねる。

 彼女は国の姫様にして貴族なのに男遊びをしない。この国の高貴な人々など食事を摂るかのように男女の情事に盛っているのに。


 一般的には貞淑で身持ちが固いのは良い事なのだろうが、彼女のソレは私にとっては美徳に感じられ無かった。姫様は元主人が生きていた頃にどんな酷い扱いを奴から受けても、絶対に私を受け入れてはくれなかったからだ。優しい言葉で慰め傷ついた彼女を労わっても一線を超えられない。


 今回だって、元主人を殺した罰を私が1人で背負ったからこそ、彼女は私に引け目を感じて私は姫様に望むがままの事をさせて貰えるのだ。

 そうだ! 彼女にしたい事を思い出した!


 私は元奥様の口を味わうのを止め、彼女の閉じた瞼にキスをする。彼女はゆっくりと目を開けた。

 私は彼女の美しく輝く琥珀色の瞳を見つめて


「ビレア様」


 彼女の名前を口にした。

 元主人の手前、奥様としか呼べなかったがずっとビレア様の名前を声に出したかった。

 私に名を呼ばれたビレア様は今まで見たことがない美しい花が咲いたように微笑む。

 そんな彼女を見て時が止まる。


「シン」


 私の名前(あいしょう)を呼び返してくれた。

 ビレア様の声で親しい呼び名を言われ、頭から湯気が噴き出た。


 ああ! 私は今愛を手に入れたのかもしれない。

 生まれ持ってはいなかった。私の側には無かったし手に入れられはしないと思っていたもの。ビレア様に感じる思いが愛でなければ、愛などこの世には存在しないとさえ断言出来る。


 この世界の秩序から外れ人間として大事なものを失ってしまった私だが、ビレア様に出逢えた事は掛け替えのない幸運だ。


 私は熱情のままビレア様に覆いかぶさった。


 ビレア様にとって私は重く歪んだ存在になるだろうが、彼女はその事に気が付いていない。

 彼女が私から逃げたいと思わないように私は考え付く限りの慈しみを持ってビレア様を愛そう。

 それでも、もしも彼女が私から離れればあらゆる魔法でビレア様を私に(つな)ぎ止める。


 私は心の底から湧き上がる温かくて明るいたった一欠片の希望を見つめ果てた。

 永遠は一瞬の時の寄せ集め。彼女とのひと時の時間だけを記憶に留め生きていければ、私はきっと正気を保って人生を歩めるだろう。

 彼女の寝顔を見つめて、私の暗くて長い旅路の唯一の灯火はビレア様だけだと確信した。












ここまで読んでいただき有難うございました。

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