第一章 小花 さち 犬若 6
家に着くと、私は、台所のテーブルについてお茶を飲んでいたお姉ちゃんを冷たく見つめた。
「な……なに?」
執筆の休憩中だったらしいお姉ちゃんがたじろぐ。
「絶対お姉ちゃんからうつった……あの、急にひとりの世界に入って持論を熱弁する癖」
「それは仕方ないよ……あれは、物書きが十人いれば八人はかかる病気みたいなものだもの……」
「聞いたことないッ」
私は、真空パックの野菜の煮物をスーパーの袋から取り出して陶製の煮物皿にあけた。
電子レンジ対応の食器なので、そのままラップを張る。ころころとしたひとくちサイズの里芋、蓮根、にんじん、ゴボウがこんもりと盛られながら、醤油だしのいい香りをラップの向こうから醸していた。
このメーカーさんは野菜の扱いが丁寧で、味の染みこませ方もうまい。しかもお値段もお手頃とあって、最近人気が上がってきている。
「はっ……小花、さらに取り出したそれはもしや」
「新発売の塩焼きそば、オイスターアンドXO醤風味二食入りです。麺はたっぷり130g×2」
「牡蠣だけかと思ったら……アンドしちゃっていいの……? なんてこと……味に鈍くなっても、匂いだけでお腹が空いてくる……!」
これだけ反応してくれると、私も新商品に手を出しがいがある。
メーカーさんからのサンプルでもいろいろもらえるのだけど、我が身から出費してチャレンジするのもまた、私の楽しみのひとつだった。
食卓をサンプルにばかり頼るのはどうかと思うし、どうしても仕事モードが漂ってしまうのもなんだか寒々しい。
生野菜のサラダを準備しつつ、どうしても手伝うというので、お姉ちゃんに焼きそばを任せた。袋詰めの焼きそばなら、味付けで失敗することもないだろうと思い、私はサラダと煮物を仕上げてしまう。
相変わらず、手間の少ない夕食ではある。でも、低品質だとは思わない。
「お、今日もうまそうだな。おれに手伝えることがあったら言ってくれ」
台所の入り口から、のっそりと犬若が顔を出した。もちろん、何ひとつ手伝ってほしいこともなければ、巨大な四つ足の妖怪に手伝えることもないということは、分かって言っている。こいつめ。
会社で新しく増える仕事というのが気がかりではあったけれど、私はこの食卓が守られるのであれば、業務を選り好みするつもりもなかった。
ただ、極端に忙しくならなければいいな、とは思いつつ、私は二人と一頭分の食器をテーブルに並べた。
「そうだ、小花、冷奴出してもいい?」
「え、そんなのあったっけ。買ってきたの?」
「うん。今日、久しぶりに切石豆腐店の前を通ったら、なんだか懐かしくなって買っちゃった。あそこの息子さん、小花と仲良かったよね」
切石豆腐店の一人息子である響一郎くんは、私のひとつ下で、確かに昔一緒に遊ぶことがよくあった。
「今日チラッと見たんだけど、背も高くてかっこよくなってたよ」
「そういえば、私全然会ってないなあ」
しゃべりながら配膳を終え、私たちはテーブルについた。
みっつの声が同時に、いただきますを唱える。
私の家は、今日も温かかった。