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第一章 小花 さち 犬若 5

 私が所属しているデイリー食品チームは、忙しい。

 この言い方だと他のチームが楽そうに聞こえてしまうかもしれないけれど、仕事の総量と与えられた時間のバランスから考えると、明らかに他よりも大変だ。

 何しろ、扱う額が違う。うちの会社で、デイリー食品課は花形であり、中心なのだ。それが暇では困ってしまう。

 この日も嵐のような午前が終わり、お昼の休憩をとって事務所に戻ると、私は鬼無里さんと一緒に、支店長に会議室へ呼ばれた。

「わざわざ支店長と蟻ヶ崎リーダー、総務課長もご一緒に、なんのお話ですか? まさかリストラというわけではないですよね」

 警戒心をあらわにしつつ、柔らかいソファで私と並んで座った鬼無里さんが切り出した。

 事務の実務を統括する鬼無里さんの存在感は社内でも大きく、もともと物おじしない性格と相まって、管理職相手でもどんどん自分から発言する。

 私たちの向かいに座っているのは三人。

 四十代半ばで、柔和に見えるけど怖いときは怖いという噂の、座光寺(ざこうじ)支店長。

 女性ながらにデイリー食品課の営業リーダーである蟻ヶ崎(ありがさき)さん。課長の下で辣腕を振るって二年になる。今年三十二歳で小さいお子さんがいると聞いたけど、少なくとも就業中は母性よりもビジネスマンとしての厳しさの方が目立つ。

 正直社員は皆、課長よりも蟻ヶ崎さんの方をよほど頼りにしている……というのは公然の秘密だ。

 そして、ややぽっちゃりした小柄の(あがた)総務課長。ちょっとタヌキに似ていてかわいい。私たち事務は総務課の所属で、そこから各課に配置される形になっているため、私の直属の上司は鼎課長ということになる。

 座光寺支店長が、苦笑しながら答えた。

「とんでもない。そうだとして、少なくとも君たち二人をその対象にはできないよ。会社のダメージが大きすぎる」

 座光寺支店長は少し大げさに人を褒める癖があるので、くすぐったい。でもそれなら、一体……。

「実は、営業の戦略会議に、今後は事務も参加してもらいたいの。事務ならではの意見も欲しくて」

 蟻ヶ崎さんの言葉に、鬼無里さんの眉がぴくりと震えるのが、横目に見えた。二人は歳も近く、営業と事務で共に支えあってきた盟友らしい。ただその分、良くも悪くも互いに遠慮がない。

「私と小花ちゃんをそれに出ろっていうんじゃないでしょうね。今、事務がどれだけ少人数でどんな仕事を回してるか……」

 蟻ヶ崎さんが、そのまさかよとばかりにうんうんとうなずいて言う。

「もちろん分かってるわよ。毎日修羅場を見てるもの。だから曜日と時間も定めるし、受発注が落ち着く午後にする」

「あのね、簡単に言うけど」

「まあまあまあ」と、座光寺支店長が二人の間に割って入る。

「元々、営業の甘い商談のしわ寄せが事務に行っている現状は憂慮してたんだ。事務からの声を聞けるいい機会になるし、ためしにやってみてくれないか。効果が出なければ、中止も検討する。ただ、輪道は営業たちからも評判がいいし、意外といい結果になるんじゃないかと思ってる」

「私の評判……? ですか」

「そうだ。輪道は仕事ぶりもまじめだし、人当たりもいい。報連相も早いし正確だ。男連中が忙しそうにしてると、委縮してなかなか連絡事項を伝えられない事務も多いからな。これは本来、営業の方の改善事案なんだが」

「あ、いえ、それは、伝えづらい状況も多々あるんですが、心を無にして、要件を手短に伝えられるように練習しただけでして……」

 実際、一年目は、書類仕事をしていたり何かを考え込んでいる営業社員は皆怖そうに見えて、つい連絡を滞らせたことが何度もあった。もちろんトラブルにつながったし、その度に怒られ、泣きそうになった。

「というのも、一年務めさせていただいて、私は悟ったのです。空気というのは読んだもの負けの無視した者勝ち。たとえ空気を読めないと言われても、必要なことであればやむを得ないわけで、言いたい人には好きに言わせておく他に仕方がないと!」

 会議室が、しばしの沈黙に包まれた。

 鬼無里さんの声が横から聞こえる。

「苦労してたのね……私の知らないところで……ごめんね……」

 私はいつの間にか拳を握って顔の前に持ち上げていた両手を、そろそろと下ろす。顔が熱い。きっと真っ赤になっているだろう。

 蟻ヶ崎さんが、「小花ちゃんて、たくましくなったのねえ……」とつぶやいた。

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