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第五章 キムチと餃子は裏切らない~東信漬物と夢見亭 2

「今日の晩ご飯はキムチが大活躍です。炒めた豚バラと和えてみました」

 お姉ちゃんと犬若を迎えた我が家の台所で、私は手早く三人分の食器に、豚バラキムチ炒めを盛りつける。

 うちは日本家屋なので、傍からは涼しそうに見えるらしいけど、夏になれば当然冷房は必要だ。それでも控え目につけ、健康と食欲を失わないようにはしている。

「なるほど……小花、鉄板に鉄板を重ねるとダイヤモンドになるという科学実験なのね……」

「いや、そんなに言うほど珍しい取り合わせじゃないと思うけど……」

 犬若もふんふんと鼻を鳴らしている。

「辛い香りというのはいかにも食欲をそそるな。もうじき葉月――八月だ、暑い時期には冷たいものよりも体によかろう」

 そして食べ始めて、私たちはこのキムチが香りだけではないことをまざまざと思い知った。

 お姉ちゃんが口の中のものを飲み下すと、最初に言ってきた。

「凄い……次々に色んな味がして、絡み合って……それで、最後にふわっと広がってくる辛味が刺激的で……後を引くね」

 私は思わずパッケージの原材料表示を見た。

「白菜の他に、大根と長ネギ、リンゴ、梨、オキアミ、イカ、生姜、牡蠣、まだある……」

 犬若も感嘆していた。

「刻み方がちょうどいい大きさなのは、俺も大変ありがたい。さちの言うとおり、合わせる肉が豚のバラ肉というのは、相性が最高だな。豚の(あぶら)が余分な辛味を中和するので恐ろしく食いやすい。それでいて高い香りと重層的な旨味は存分に大活躍とは、できる」

 旨味が大活躍、という表現は果たして日本中でどれだけの妖怪が口にできるものなんだろう……などと考えていると、お姉ちゃんは一口一口は少ないものの、豚バラキムチとご飯を交互に次々と口に運んでいた。

 お姉ちゃんは、ひと噛みごとに、舌の上に現れる味覚を確かめているようだった。

 ずっと失われていた感覚が少しずつ戻ってきている。それを文字通り味わっている今は、きっとお姉ちゃんにとってとても大切な時間なのだろう。

  今も、お姉ちゃんの背中の周りにうっすらと見える蛇妖が何匹か、苦しそうに喘いでいるのが見える。いずれ、お姉ちゃんに憑いている全ての蛇妖を取り払える日も近いかもしれない。

「しかし小花よ。このキムチとやら、いつもとは少々違う気配がするな。どうやって手に入れたのだ?」

「あ、これは私が買ってきたんじゃなくて、人からのもらい物なの」

「ぬ。それで、妙に男臭いのか。お前に執心している匂いがするな。ちょっかいでも出されたか?」

「え?」

 お姉ちゃんがぴたりと箸を止めた。

「小花……キムチで口説かれてるの……?」

 ええい、どこかで聞いたような。

「口説かれてません! 執心も特にされてないっ。ほら、この間私名古屋の方に出張したでしょ、その時に一緒で、ちょっと色々あったからそれで――」

「え……一緒に……色々……?」

 お姉ちゃんの箸先が震え出す。

「ぬ。あいつか。道理で覚えのある匂いだと思ったぞ」

 ぐりんと音がするような勢いで、お姉ちゃんが犬若の方を振り向いた。

「知ってるの、犬若?」

「む。ちと線が細いが、まあ好漢と呼べる部類だろうな。眼鏡とかいったな、あの文弱の徒御用達のような器具を着けているが、頼りないように見えて、男らしい気性はそれなりに備わっているようだ」

「眼鏡男子……それが……小花の、キムチの君……!」

「二人ともわざと言ってるでしょ!? キムチの君って何!?」

「だって、ここのところキーボード叩いてるだけで一日終わっちゃって、ゲームもろくにできないからストレスが溜まってるんだもの」

 こっちもかい。

 副菜に出した根菜の炊き合わせを小皿に取ってから、私はキムチの辛みのせいで余計に上気する頬を、左手でぴたぴたと押さえた。

「大体私のことからかう前に、お姉ちゃんは最近誰か、気になる人とかいないの? たまに仕事で男の人とやりとりしてるじゃん」

「わ、私? う、うーん、そういう感じは特には……仕事では用件だけしか話さないし。気になる人なんて……」

 お姉ちゃんが、横目でちらりと犬若を見た。

 巨大な犬妖はそんな視線には構わず、舌先で器用に、キムチにご飯を巻き込んで食べている。

 そういえば、お姉ちゃんには昔から、男子の影があまりない。

 とりあえず話題が逸れたので、私は気を取り直して夕食を続けた。

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