表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/58

第四章 ケーキを運べ!~パティスリー ララメル 12

 犬若の背中に乗るのは、久し振りだった。

 雨が降る夜の街を、私の姿も消してくれたまま、巨大な犬妖は軽快に駆けていく。

「雨風は不愉快だが、お前の姿を人目から隠すのにはちょうどいい。化かしやすくなる」

 大雨の中、レインコートはすぐびしょ濡れになったけど、私の体は犬若から滑り落ちたりしない。そういえば昔から、どんなにスピードを上げても犬若から落ちることはなかった。これも犬若の能力のうちなのかもしれない。

 凄まじい風が体に吹き寄せ、レインコートの裾が破れそうなほどはためいた。

「犬若、どこに向かってるの!?」

 風音に耳を塞がれているので、大声で訊く。

「奥三河だ!」

「どこそこ!?」

「乗っていれば分かる! 飛ばすぞ!」

 犬若が更にスピードを上げた。こんな速度は初めてだった。街明かりが、流星のように後ろに吹き飛んでいく。

 足音もなく屋根を飛び、電線をまたぎ、荒れ狂う風をついて驀進(ばくしん)した。

 新幹線並みとは言わないまでも、高速道路の車よりずっと速い。

「こ、これが犬若の全速力!? 初めてだよね!?」

「ふ。真の力はこんなものではないぞ!」

「そうなの!? じゃあ出してよ、真の力!」

 私は不謹慎にも、わくわくしつつ言った。

 けれど。

「……そのうち、いつかな」

「……盛ったな」

 そうこうして、気が付けば。

 私たちは、暗い山の中腹に到着していた。

 名古屋よりは多少風が収まっていたけど、雨はしたたかに降り続いている。

 犬若は私を乗せたまま獣道を歩きながら、辺りを見回していた。

「ここが、奥三河?」

「そうだ、碁盤石山(ごばんいしやま)だ。おおい、(つぐ)(おう)よ。いるのだろう」

 犬若がそう吠えると、急に雨が弱まった。

 獣道の奥――上方から、別の声が降ってくる。

「久方ぶりに聞くな、犬妖の吠え声など。人間も一緒か」

 暗闇から人影が現れた。

 山伏姿に、白く豊かな髪。手には奇数の羽のうちわ。背中に羽。何より、赤ら顔の真ん中で高く伸びた鼻。

「ええ! ……凄く有名どころの……!」

 天狗だ。間違いなく天狗だ。

 うろたえる私に構わず、犬若が「へ」と息をついてから、言った。

「継の翁よ、頼みがあってきた。この雨を止めたい。助力を請う」

「妖怪なんぞの頼みを、なぜわしが聞かねばならん」

「確か一度、貸しがあったな。ここで返してもらいたい。新八郎(しんぱちろう)がいなければ、どこぞの山神に、賭け碁でこの山の一部を奪われていただろうが」

「ち……何百年前の話を……」

「試しの(わん)で、試すだけでもいいのだ。それくらいは構うまい?」

 私は、天狗が逡巡している間に、犬若の背を上って耳打ちした。

「ね、新八郎とかお椀とかって何のこと?」

「新八郎は江戸に住んでいた、おれが犬だった頃の飼い主だ。商いの途中でここへ寄って、縁を作ったことがあってな。それで試しの椀というのは……」

 カン、と音がした。天狗がうちわを振り、そこについた鈴が鳴ったのだ。

「よかろう。試すのはその人間でよいのだな?」

「え?」

「むろん」

「え? 犬若?」

 天狗が右手で懐を探り、黒い茶碗を取り出した。やや小振りで、陶器製のようだ。

「娘。この椀は、なぜ黒い? 正しく答えたなら、貴様らの頼みを聞こう」

「なぜって……あの、答えが間違っていたら……?」

 天狗の代わりに犬若が答える。

「それまでだ」

「き、聞いてない! 犬若は答知ってるの!?」

「おれは知っている。だが、知っている者は答えることができない。教えることもできない。頑張れ小花」

「がんば……いやちょっと待っ……」

 天狗が、すいっと左手を掲げ、手のひらを開いた。

「十秒」

「俗っぽい!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ