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第四章 ケーキを運べ!~パティスリー ララメル 11

 電話を切った。

 欠品。

 デイリー食品の卸売業をやっていれば、実は、決して珍しいことではない。

 お店の発注ミスから、私たちのデータエラー、メーカーのキャパオーバー、そして物理的な事故など、本当に様々な理由によって、欠品というのは頻繁に起きる。それが特売や生活必需品なら大問題になることもあるけれど、定番商品の一二品なら、お店の方もそこまで気にしない。

 でも――……あまりに当たり前に見過ぎて、私はいつの間にか、欠品というものを軽視していたのかもしれない。

 伝票や受発注データの処理を済ませれば、まるで何も問題がなかったかのように思えてしまう。それは本当は、とても危険なことではないだろうか。

「明日の特売って言ってたっけ……ものがケーキじゃ、遅れて届けても賞味期限が残ってない……。桐林くんがいくら手伝ったって、道路が渋滞してるんじゃどうにも……。特売の欠品て……かなりおおごとだよね、そうそうあることじゃないから……うちでも昔、大問題になってかなり後まで影響が残ったって聞いたことあるし……」

 ベッドの周りをてくてくと歩きながら、思案する。それで何がどうなるわけでもないのだけれど。

「少々の荷なら、おれが運んでやっても構わんが。そうした量でもなさそうだな」

「うん、トラック何台も出してるみたいだし……って、犬若はいいんだよ、そんなこと考えなくて」

「だが、人の手には余るのだろ?」

 その言い方に、何か、引っかかるものがあった。人の手には?

「犬若って……この状況、何とかできるの?」

「大雨についてなら、打てる手のひとつふたつはないでもない」

 私は、がばっと犬若に向き直った。

「ど、どんなの!? ……あ、でも」

「でも?」

「私、社会人になった時、犬若に自分のことで頼るのはやめようと思ったんだ。たぶんお姉ちゃんもそうだと思う」

「ほ。なぜだ」

「だって、犬若は他の人には見えない、いないと同じ存在なわけでしょ。その犬若に助けてもらうって、なんかこう……ずるくない? 私だけ。やっぱり、自分の力だけでなんとかしないと」

「しかし難渋した時には、人の手を借りるだろう? 妖怪の手は借りてはいかんのか」

「だって……犬若は特別だもん。それに、私利私欲のために利用するみたいなの、できればしたくない」

 犬若が、かっかっと低く笑った。

「なによう」

「私利私欲? 縁もゆかりもないどこぞの(たな)に、まだお前のところと商いもしていない甘味屋の荷を届けてやるのが、お前にとって何の利だ。欲だというのだ」

「いや……まあ、そう言われると……」

「飼い犬でも、主のためなら盗人に吠えるくらいはしよう。ましてやおれはお前の友だぞ。窮地にあって頼むことの、何が悪い」

 そこまで割り切って考えていいものか……とは思ったものの、ひとまずそうした問題は棚上げすることにした。

 手を尽くした後で、ゆっくり考えよう。

「そうだね……私たちの間には、今まで育んできた友情と共に、散々ただめし食べさせてあげた恩もあるし。たまには犬的にご奉公してもらったってバチ当たらないよね!」

「む?」

「犬若、お願い。この雨、何とかしてあげて」

「いや、お前今何か引っかかる発言があったような」

 犬若はまだもごもごと言っていたけど、あまり気にせずに、私はぱんと手を合わせ、頼み込む。

「この通り!」

「ぬ。まあよかろう。雨具はあるか? 傘ではいかんぞ」

「レインコートなら、ホテルで売ってたみたい」

「雨合羽だな? 僥倖だ。行くぞ」

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