第四章 ケーキを運べ!~パティスリー ララメル 9
事務所と工場は二階に通された渡り廊下でつながっていて、歩いて二三分ですぐに着く。
「二階からは内部が見下ろせます。回廊が見学ルートになってまして、ここから見る分には着替えやエアシャワーは必要ありません」
私は、大きなガラスに額をくっつけそうになりながら一階部分の工場を見た。
工場というから、手作りとはいってもベルトコンベアでの流れ作業をイメージしていたのだけど、実際の光景はどちらかというとケーキ屋さんの厨房に近かった。
何十人という白衣に帽子姿の職員が、五六人のグループに分かれ、それぞれの持ち場でケーキをひとつずつ、かなりの手早さで盛りつけている。
「効率化を突き詰めてはいるのですが、今のところは、専用の機械を入れるよりも人力に頼った方が、質・コスト共に優れています。特にクリームの絞り方は、商品によって微妙に異なりますからね。今作業しているのは全員パートさんですが、僕などは頭が上がりません」
白山さんが屈託なく笑う。
製造のスタッフたちは、わずかに覗く目元からでも、その真剣さがうかがいしれた。
ベースになるプリン、細かく切ったスポンジ、生クリーム、細かいカットフルーツ――マンゴー、キウイ、黄桃――それから最後は、頂上に小さなプリン。丁寧に、けれど恐ろしいスピードで、繊細なプリンアラモードが仕上げられていく。
普段のEOSによる受発注では、商品の名前は分かっても、どんな食べ物なのか分からないものもたくさんある。
データエラーが起きれば最悪欠品となり、商品が届かないことだってあるけれど、その後は極めて淡々とデータの処理が行われる。
でも、私たちが扱っている商品は、どこかで誰かが一生懸命に作ってくれたものなのだ。あだやおろそかにしてはいけない。それを改めて実感した。
「弊社はチルド配送のトラックも独自に整備しています。走行時の揺れを最小限に抑える仕様で、実は結構自慢なんですよ」
「伺っています。作るところと食べる時を結ぶのは、本当に大変ですよね。僕たちも卸として、気が引き締まる思いです」
私たちの仕事。中間流通。生産と食事の間で、毎日の食卓を支えている。
忙しさとルーチンワークの中でつい忘れがちになるけど、とても意味のあることをしているのは確かなはずだ。
鬼無里さんが私に教えたかったのは、きっとこれなんだ。
「明日はもっと詳しくご紹介できますよ」
「ありがとうございます。輪道、僕は終業後に白山さんと食事に行くけど、君はどうする?」
「え、そうなの? どうしようかな……」
犬若のことが頭をよぎった。本当に放っておいたら、へそを曲げてしまいそうだ。
「お気が進まないようなら、遠慮なさらないでおっしゃってください。今日はお疲れでしょうし」
「では、すみません……先にホテルに行っています」