第四章 ケーキを運べ!~パティスリー ララメル 7
「そんなリスクがあるんだね。なんだかケーキって、華やかなイメージがあったから」
「もちろん、店舗に迷惑をかけるような提案はしないのが前提だよ。その上でリスクを把握して、対策する。それに賞味期限の短い商品にはそれはそれで魅力があるんだ。同じ商品が何日も棚に置かれずにどんどん回転するから、売り場に鮮度感が出るんだ」
「あ、それはそうかも。常に新しいのがあった方がいいもんね」
「スーパーでたまに、牛乳やら豆腐やら、棚の後ろの方に入っている、一日でも賞味期限の長い商品を掘り出して持っていくお客いるだろ? あれは本当に困る。売り場が荒れて商品が傷つくのと共に、そうやって前の方にある商品がどんどん古くなって、やがて廃棄されれば、その分コストになる。それが続けば、結局商品の単価を上げて対策せざるを得なくなる。心無いお客に、お金をかけて仕入れた商品を捨てられてるのと同じだからな」
「桐林くん、卸じゃなくてスーパーの社員みたい」
そうかも、と桐林くんがうなずく。
「会議の時も、配送への配慮ができてるって鬼無里さんたちが褒めてたよ」
「まあ、一年蟻ヶ崎さんの下にいたから。あの人の口癖なんだ。『物流への敬意を持たない者に、食品を扱う資格はない』って」
事務所ではまずできない微妙な物真似に、二人で笑った。
「しゃべりすぎて、汗かいたかな。僕、ちょっと顔洗ってくるよ」
席を立ち、通路を歩く桐林くんの背中を見送りながら、私は一人、周囲の乗客に聞こえないよう低く抑えた声を出した。
「……なんで?」
「なんで、とは?」
更に低い声が答えてくる。
「なんで犬若が新幹線に乗ってるの?」
「いかんか?」
大きな体を通路に挟ませた犬妖は、さっきからずっと、私の横に鎮座していた。
「さちは快く送り出してくれたぞ。おれもたまには羽伸ばして来いとな。しかし速いものだな、これが新幹線か。全速力のおれに勝るとも劣らん」
「え!? 犬若って、こんなに早く走れるの? 最近乗せてもらってないから、分からなかったけど」
犬若は、ぷいと窓の外を見た。
「……犬若?」
「ほほお。この辺りは、駿河の国か。今は静岡というのだったか」
「……盛ったの?」
汗腺などないはずの犬の頬に確かに冷汗が流れたような気などしつつ、私も窓の外を見た。
「ついてきたっていいけど、私、仕事で行くんだからね。遊んであげられないから」
「ふ。笑止。このおれが、見知らぬ土地で一頭では遊べんほど寂しい犬妖だと思ったのか」
「その発言がなんだかもの寂しいけど……」
ともあれ、そんな道連れもありつつ。
私たちは電車を乗り継ぎ、午後四時に、無事愛知県のパティスリー・ララメルに到着した。