第四章 ケーキを運べ!~パティスリー ララメル 3
と、桐林くんがくるりとこっちを向く。
「輪道。君の意見を聞きたい。商品ターゲットは主に、君たちくらいの年代の女性だからね」
私はプリンアラモードのプリンに思ったよりも卵が効いていることに感銘を受けている最中だったので、いきなりそう言われて慌てた。
「え、そ、そうなの?」
「そうだとも。事務職員は僕ら営業にとって欠かせない仲間でありながら、同時に、最も身近なモニターでもあるんだ。だから、発言力のある事務職員のいる会社の商品は質が高いと聞く。ぜひ忌憚のない意見を聞かせてほしい」
フレームのない眼鏡のレンズがきらりと光った。桐林くんてちょっと変わってるなあと、こっそり思う。
「まあ、今すぐに気になるのはカロリーですけど……」
すると、普段蟻ヶ崎さんの陰に隠れがちなデイリー課長が発言した。
「そうだ、近年の健康志向を考えると、どうなんだろうなケーキというのは」
そう言われて、桐林くんは、左胸を右手のひらで押さえた。まるで銃で撃たれたように。「痛いところ突かれた」のポーズなのかもしれない。
「確かに、その懸念はあります。実際、あるメーカーが、一部地方で試験的にケーキのパッケージへカロリーを記載してみたそうです。一種の情報開示として」
蟻ヶ崎さんが「へえ。結果は?」と興味深そうに促した。
「売り上げがガタ落ちしたそうです。そのメーカーはその後、カロリー記載はまたやめたそうですが」
「ま、そうよねー。見なくていいものってあるわよね」と鬼無里さん。
座光寺支店長が、それまでぱくぱくと食べていたコーヒーゼリーをすくうスプーンを止め、椅子にもたれて、言う。
「食べ過ぎれば健康に悪影響なのは確かだ。しかしだからと言って、食べてはいけないものではない。ケーキって買うのも食べるのも楽しいしな。嫌だろ、ケーキひとつ買えない、食べられない世の中なんて。せっかくだからこれと併せて、健康志向の商材も提案してみろ。ヘルシーな和日配なら元々うちの得意分野だ」
桐林くんがぱあっと顔を晴れさせる。
「そう、そうなんです。健康になるためにケーキを食べる人はいません。むしろ、おいしくケーキを食べ続けるために、人は健康であろうとするものです!」
「いや……そんな人間もあまり見んが。まあいいんじゃないか、商材としても優秀そうだ。しかし生クリームやホイップクリームがかなり柔らかそうだが、愛知からここまでの配送は大丈夫なんだろうな?」
「ええ。ララメルは既に関東圏への配送も確立していて、ケーキ専用のトラックを持っています。うちの物流センターへの納品ルートも問題ないと、昨日までに確認してもらっています」
鬼無里さんが、蟻ヶ崎さんに小声で言った。
「配送まで考えてるなんて手際いいのね、桐林くんて」
「物流あっての中間流通、てことを去年さぞかし叩きこまれたんでしょ。私に」
蟻ヶ崎さんが胸を張る。
「鬼教官め……」
「私たちが何千万円分の取引をまとめたって、物流がなければスーパーには牛乳一本売れないのよ。同じように、どんなお金持ちが札束持ってお店に乗り込んできても、物を運ぶ人がいなければ買い物はできないんだから」
「確かにねー。物流チームはいっつも忙しそうだし。ま、それは営業も一緒か」
「卸売業の営業には、幸せな瞬間がいくつかあるけど。もちろんスーパーとの契約を成功させた時もそうなんだけど、こうして、いい商材に巡り合えた時も格別なのよ。頭が冴えて、スピードが上がって、積極的になる。とてもいい状態ね。これが結果につながって、売り上げがまとまればもう最高。そんな忙しさなら大歓迎」




