第四章 ケーキを運べ!~パティスリー ララメル 2
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「ケーキを売りたいんです」
私の同期でデイリー食品課の営業社員である桐林くんは、会議の席で、蟻ヶ崎さんに向かってそう言った。
今回も私と鬼無里さんは出席している。そして会議が始まるや否や、桐林くんが口火を切ったのだ。
彼の高い声はよく響く。桐林くんは、フレームのない眼鏡に、真っ黒なストレートヘアが艶やかで、穏やかな顔立ちをしている。その見た目に反して、負けず嫌いで有名だった。
「そう。桐林くんがケーキ屋さんになりたいとは知らなかったわ」と蟻ヶ崎さん。
「違います! 僕はデザートカテゴリで、生の手作りケーキを売りたいんです。うち、和日配は強いけど洋日配ではまだ競合他社に勝ててないじゃないですか。生のケーキはデザート棚での大きな戦力になると思います」
「手作りといっても、街のケーキ屋さんじゃないでしょ?」
「愛知にいいメーカーがあるんです。この千葉まで、配送も可能です。これ、メーカーから取り寄せた商品画像と見積です。皆さん、見てください」
桐林くんがカラーコピーした商品一覧を会議用テーブルに広げた。支店長やデイリー課長と一緒に、私と鬼無里さんも覗き込む。
「現物のサンプルも、チルド便で売れ筋を送ってもらいました。食べてみてください」
桐林君は冷気をまとった段ボールをテーブルに乗せ、手早く開いた。中には、透明の小ぶりのプラスチックカップに入ったケーキが十個ほど詰められている。
「わあ、きれい」
と思わず私が言うと、桐林君が得意そうな顔になった。
「製造は工場でパートさんだけど、これだって立派な手作りだろ。デイリーで扱うケーキは機械製造が多いけど、僕はまだ機械ではできない繊細なケーキを売りたいんだ」
蟻ヶ崎さんはデイリーのエースらしく、うんうんとうなずきながらも、もう商品としてのこのケーキ――ブランド名『パティスリー ララメル』――を図っているようだった。
「そうね、いつかは機械でこのレベルができるようになるかもしれないけど、現段階では不可能でしょうね。さて、味見してみましょうか」
桐林くんが、全員にプラスチックのスプーンとナプキンを配り、一個ずつケーキも渡していく。
サンプルのラインナップは、カットフルーツの乗ったプリンアラモード、これからシーズンになるマンゴーのムース、メロンのパフェ、レアチーズケーキ、コーヒーゼリー、などなど。
コーヒーゼリー以外はどれもフルーツが乗っており、見た目に鮮やかだった。
カップもケーキに合わせて様々な形をしており、縦長の円筒形からやや平たい四角形のものまで、様々だった。これは売り場で映えそうだ、と思う。
鬼無里さんが、ドーム型のカップに入ったレアチーズケーキを一口食べ、
「え、おいしい。チルドのケーキって今、こんなにおいしいのね」と感嘆した。
桐林くんは、胸を張って言う。
「そうなんです。美しくておいしい、これは素晴らしいことです。我々の利益率はうまくすれば二十パーセントは確保できますし、店舗でも定価で売れば三割以上は値入れがあります。一番人気は、多くのメーカーがそうであるように、プリンアラモード。ララメルのは、チェリーにも合成着色料が不使用なんです。だから、添加物にNGのあるスーパーにも売れます、これが特に強みですね」
そんなことまで考えて売るのか、と私は心の中でこっそり驚いた。




