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第三章 風を裂いた日、光明の夜 7

「いただきます」

「馳走になる」

 犬若の分は、クッキーも紅茶の平皿も床に置いた。

 そして私たちは、クッキーをつまみ出す。

「お姉ちゃん、おいしい!」

 お姉ちゃんは両手で胸を撫で下ろすしぐさをして、安心したように笑った。

「よかった。お菓子って凄く分量が細かく決まってて、心配だったの。味見はしたんだけど、やっとほっとした」

「む。この干菓子はせんべいとは違い、口中で溶けていくのだな。それにこの小気味いい食感、千鳥の舞踏のようだ、いつまでも噛み続けたくなる。歯と舌の間で香ばしさが躍るぞ。何よりこの甘味だ、乳と砂糖の甘みが合わさるとこれほど豊かな味わいになるとは。ぬ。そこにこの茶を流し込むと、甘味の名残が洗い流され、たおやかな香りが花開くのか。そしてまたこの干菓子が食いたくなる。さち、改めて恐れ入ったぞ」

「妖怪のくせに食レポが細かい……」

 呻く私に、笑うお姉ちゃん。

「小花、犬若。私、料理なんてずっと興味なかったの。学校の家庭科でなにか作っても、特に面白いとは思えなかった。でも今私、とっても幸せ。二人のお陰で。もっと頑張るね」

「ま、無理せん範囲でな。さちの負担になるのはおれの本意ではない」

「私も、お姉ちゃんが楽しいと思う範囲でならいいと思う。なんか、あんまり褒めると根詰めそうだもん」

 気をつける、とお姉ちゃんが苦笑した。

「でも、誰かのために頑張るって、凄く楽しいよ」


 紅茶は温かくて、クッキーは甘かった。

 これが、私たち三人が、この家で食卓を囲んだ、記念すべきひとときだった。



 昔のことを、最近はよく思い出す。

 中学に入って、少しした頃だった。お姉ちゃんが味覚の異常を訴え出したのは。

 最初はちょっとした体調不良のせいだと思っていた。お姉ちゃんは少しずつ調子を崩すことが増えて行ったし、そうすれば味覚にも多少の影響は出るだろうと。

 でも、体が快調な日でも、舌だけはどんどん鈍っていって戻らなかった。

 その頃には、料理の腕前はお母さんよりお姉ちゃんの方が上になっていた。私と犬若に手料理を振る舞うことが一番の喜びだったお姉ちゃんにとって、朝起きる度に舌の感覚が衰えて行く生活は、どれだけショックだっただろう。

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