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第三章 風を裂いた日、光明の夜 6

 え? と私たちは顔を見合わせる。

「乗れと言っているのだ。お前ら二人くらいなら、おれと共に姿を消せる。裏山まで連れて行ってやろう」

 お姉ちゃんが前、その後ろに私が、犬若にまたがった。犬若の背中に乗ったことは何度かあるけど、そのまま動き出すというのは初めてだった。

 犬若が立ちあがり、地面が私たちの足の裏から離れる。

「こ、これ、もう私やお姉ちゃんは周りから見えてないの?」

「そうだ。さ、行くぞ。しっかり掴まってろ」

 言うが早いか、犬若が歩き出した。ふかふかとした毛を両手で握る。

「わああっ」

 お姉ちゃんが声を上げ、私もそれに続いた。

 軽やかにスピードが上がって行き、道路から家の塀、電線、屋根など、色々な足場を蹴って犬若が駆けていく。

「す、凄い! 気持ちいい!」

 風が私の髪をすいて、後ろへ流れて行く。耳元で鳴る風音(かざおと)は、今までに聞いたことがないほど鋭い。

 開いた口の中にも風が吹き込んでくる。空気を裂いて、その狭間に飛び込んでいくのが、たまらない快感だった。

 風の中で、お姉ちゃんが犬若に声をかけた。

「い、犬若、裏山とは別のところに行ってもらうことって、できるっ?」

「おお、いいぞ。案内してくれ」

 お姉ちゃんが、そこは右、そっちを左、と指示し出す。

 それがなんの道順なのか、私はすぐに気づいた。

「はい、犬若、そこ。その木の塀の辺りで止まって」

 到着した場所は、見慣れた門の前だった。

 私たちの家だ。

「ほお、ここがお前らの生家か」

「一度くらい来てもらおうと思っていたんだけど。ちょっと降りるね、よっと」

 お姉ちゃんに手を引かれて、私も犬若の背中から降りた。

「周囲に気をつけて降りろ。いきなりそこに現れたように見えるぞ」

「あ、そうか。いけない、忘れてた」

「私も。でもお姉ちゃん、なんでうちに来たの?」

 お姉ちゃんが玄関の鍵を開ける。

「ちょっとね。忘れ物したの。さ、犬若、入って」

「あまり妖怪を家に招き入れるのは感心せんな。おれは座敷童ではないのだぞ」

 そう言いながら、犬若はうちの引き戸をくぐる。私も後に続いた。

 お母さんは仕事で、夜まで帰ってこない。誰もいない家の中を、お姉ちゃんは台所まで進んだ。

 そして、戸棚を開ける。そこには、ラップを張ったお皿にクッキーが乗っていた。小さな花の形をしていて、ひとつひとつは一センチくらい。それが数十個盛られている。

「えー、気づかなかった。いつの間に作ったの?」

「本当は今日、持って出ていこうと思ったんだけど、置き忘れちゃって。犬若、よかったらここで私たちと食べない?」

「む。これは断る言葉を持たんな」

 犬若は、台所の入り口辺りにちょんと座った。全体的に窮屈そうにしているけど、これは彼のサイズからして仕方がない。

 お姉ちゃんがすぐにお湯を沸かして、紅茶の準備をする。私も食器を並べて、クッキーを分けた。

「お待たせ。熱いから気をつけてね」

 お姉ちゃんは二つのマグと一枚の平皿にダージリンを注ぐ。柔らかい香りが、台所の中に広がって私たちを包んだ。

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