第三章 風を裂いた日、光明の夜 5
放課後。私とお姉ちゃんは、校門で待ち合わせをしていた。
犬若の施した処置――と言うのかなんなのか――の結果は、昇降口から出てくるお姉ちゃんの顔を見ればすぐに分かった。
「男子たちに、なにもされなかった……」
「よかったじゃん」
「私、こんなに学校で落ち着いていられたの、久し振り。ちょっと、学校が嫌いになりかけてたから……」
「ま、虫退治なんぞお安い御用だ」
いつの間にか、犬若も合流している。
「しかし、あの三人は痛い目のひとつにも遭ってないが、よかったのか? さちが望むなら、こぶのひとつずつくらいこさえてやっても構わんぞ」
「い、いいってそんなのは! 本当にいいの、もう充分!」
でも私は、昼休みに目撃していた。給食を終えて校庭に遊びに出て行った三人が、彼らには見えない犬若にことごとく足をひっかけられ、何度も地面にひっくり返って、気味の悪さと痛さで半泣きになっていたのを。
二人と一頭は、裏山に向かって歩き出した。
「犬若、本当にありがとう。私、このまま進学するの、本当は怖かったの。すぐそこの中学だから、小学校の子たちはほとんど一緒だし」
「でもお姉ちゃん、中学ではもっと虫がどっさりの男子がいるかもしれないよ」
「うっ」
「おれが、まだしばらくはこの町にいるさ」
お姉ちゃんが、色々な気持ちが詰まった目を犬若に向けた。泣きそうになっているな、と私には分かった。
「でもさ、妖怪にもご飯おごってあげとくもんだよね。お陰で助けてくれたわけだし」
雰囲気を変えようとして、そんなことを言ってみたのだけど。
「ふ。小花、見くびってもらっては困るな。このおれを誰だと思っているのだ?」
「食いしん坊わんこ」
「好き嫌いのないいい子の妖怪」
私とお姉ちゃんに続けてそう言われ、犬若は少し傷ついたようにとぼとぼと歩いた後、ごほんと咳払いした。
「覚えておけ。おれは、食い物を施されれば誰にでも懐くような犬妖ではない。お前らだから守ってやるし、お前らだから助けるのだ。さち」
「はいっ?」
いきなり犬若が、正面に回り込んでお姉ちゃんに向き合った。
「お前の役に立てて嬉しい」
お姉ちゃんがぼっと赤面する。
「あ、いや、そんな……こっちこそ」
犬若は進行方向へ向き直り、アスファルトの上にさっと伏せた。
「乗れ」
 




