第三章 風を裂いた日、光明の夜 1
私たちは犬若と裏山で出会い、初めてこの巨大な犬を目の当たりにした時はそれは驚いたのだけど、すぐに食べ物の無心をされたせいで、あっけにとられつつもすぐに馴染んでしまった。
その時は、小学生のお小遣いで間に合うものということで、近くのコンビニで買ってきたおにぎりをあげたと思う。
そして、次の日曜日。お姉ちゃんが私の部屋のドアをノックした。
「小花。裏山に行ってみようよ」
「……言うと思った」
半目で私がそう言うと、お姉ちゃんがのけぞった。
「な、なんでっ? 超能力?」
「この間から、お姉ちゃんずっとそわそわしてるんだもん。なんか料理の練習とかしてるし。あの大きい犬に食べ物あげたいんでしょ」
この月曜日から昨日まで、お姉ちゃんは小学校から帰ってくると、お母さんにとりついて料理の仕方を教わっていた。それまでよく遊んでいたビデオゲームもそっちのけにして。
最初は卵を使って、焼く、茹でる、炒めるから始めていた。
そして昨日の土曜日はお母さんが付きっきりになりながらではあったけど、野菜炒めまで作っていた。いまいち水分が飛んでいなかったけど、充分おいしかった。
「知らない間に自分用のエプロンとか持ってるし。家庭科の時だってお母さんの貸してもらってたのに」
「そ、それは、こう、ちょっと料理覚えようかなーって」
両手の人差し指を立てて左右に振りながら――特に意味のあるポーズではなかったけど――、お姉ちゃんはそろそろと言ってきた。
「小花は、やだ? あの犬、怖い?」
「怖くはない、けど。でも大丈夫かな。私たちだけであんなのと会ってて」
「平気じゃないかな……あの感じだと」
初めて会った日、犬若は私たちがあげたおにぎりを食べた後、すっかり緩んだ顔で至福の表情を浮かべていた。おにぎり一個であそこまで嬉しそうにしてもらえるのだから、もう少し喜ばせてあげたい気持ちになるのは、私も同じではあったのだけど。
「でも、今日はなにをあげるの?」
お姉ちゃんは得意げに胸を張り、
「ふっふっふ。全ての料理の基本にして究極と言われるものだよ」
「なにそれ。誰が言ったの?」
「お母さん」
「お母さんかあ……」
思ったより身近で言われていた。




