第二章 定番品を増やしたい~切石豆腐店 5
私の家は切石豆腐店のすぐ近所だけど、まだ日が高かったので直帰というわけにもいかず、蟻ヶ崎さんたちと会社に戻った。
通常業務を終わらせて、定時になり、少々残業。それから、会社を出ようとする。
その従業員用裏口のドアの開ける前に、私は呼び止められた。
「小花ちゃん」
「はい。あ、鬼無里さん。……な、なにかやりましたっけ、私」
鬼無里さんがずいと歩み出る。
「聞いたわよ、立派だったらしいじゃない」
「わ、私はそんな。蟻ヶ崎さんがほとんど」
「謙遜しなくていいのに」
事務所ではまだ働いている社員が多いけど、裏口の周りは人通りがなかった。
私はついぽろりと、今日中の思いをこぼしてしまう。
「本当です。私はただ切石豆腐店の人と知り合いだっただけで、犬若……いえ、蟻ヶ崎さんや、響一郎君ていうんですがお店の人が、しっかりしてたからですよ。私が何かしたわけじゃ、なくて」
犬若をはじめ、みんなのことを誇らしいと思う。でも対照的に、私今回役に立ったとは言えない気がする。
響一郎君だけではないのだ、コンプレックスを持っているのは。むしろ、私から見たら彼はとても立派だ。
「たまに、ちょっと思う時があります。お仕事はルーチンワークが多いですし、私よりもスピードがあって、正確にできる事務は他にもいると思います。私って、……代わりのきく社員なんじゃないかなって」
口にしてから、はっとした。
決して事務職をけなすつもりではなかったのだけど、これではそう聞こえてしまうのではないか。
「鬼無里さん、私、今のは」
怒らせてしまったのではないかと思った。
でも、鬼無里さんは、穏やかな目で私を見つめている。
「クレリカルブルーね」
「くれりかる?」
「事務ならではの悩み。造語よ。私の」
「そ、そうですか」
「ちょっとだけ、お話ししようか」
ヨシツネの社屋は二階建てで、一階が在庫置き場や物流スペースになっている。
何台かのトラックやフォークリフトを通り過ぎ、私たちは物流スペースの休憩室に入った。
飲み物の自動販売機とテーブルにベンチがあり、深夜から昼過ぎまでは、商品の出荷の合間にここで物流スタッフが一息つく。今の時間は誰もいなかった。
鬼無里さんと二人で並んでベンチに腰かけ、テーブルに肘をつく。
「小花ちゃん。自分が、誰でもできる、いくらでも替えの利く仕事をしていると思ってる?」
「事務みんながそうだとは思いませんけど……私については、時々」
「それはね、結構事務職の人が抱く思いなのよ。たとえば転職する時、就職面接で『あなたの職務上の長所はなんですか?』と訊かれると、答えられない事務経験者は多いの。『私はやれと言われたことだけ、ルーチンワークばかりやってきました、これという長所はありません』とは言えないってね」
もし私が今、転職活動をしたら……と想像する。確かにそうかもしれない。
「でもね、それは考え違いってものよ。うちの事務がやっている受発注にしたって、事務を通さずに発注データが送られる商品はひとつもない。営業社員は総合職として受発注のやり方くらい知ってるけど、私たちと同じ速度と精度は日常的に出せない。当然よね、向こうはものを売る専門家なんだから。だからお互いに卑下する必要はないわ。私たちは、必要なことをしている。必要ってことは、不可欠ってことよ。つまり」
鬼無里さんは、私の顔を覗き込んだ。
「小花ちゃんがいなければ、会社は回らない。蟻ヶ崎のことも助けてくれたし」