最後のジハード(2)〜突撃
俺は車に詳しくない。なんの音かわからない。多分、エンジンだとか、モーターだとか。回転する速度が速くなっているのだろうか、唸り声みたいな音が次第に速く大きくなっていく。
車がスピードを上げていることに関係するのだろうか、荷台の方は横揺れが激しくなってきた。
フロントパネル上部のスピーカーからは、ミントの声とは思えない叫び声が聞こえた。
俺は出来るだけ深く背中をマットレスに食い込ませようと床につけた足を踏ん張る。体が離れているほど衝撃が強そうに思えた。
「ぶつかるよーぉぉぉぉぉお!」
今度はハッキリとしたミントの声、その後のミントの悲鳴。
その直後、ドォンという音と、背中の方に引っ張られるような衝撃がきた。荷台のライトが消え、真っ暗になると同時に、全員がその反動で体が前に転がった。運転席の方では、ビーっとクラクションの音が鳴っている。外では警報機が鳴り始めた。
「いったーい。あー、破けちゃった。みんな大丈夫ですか?今開けまーす」
サイドパネルが開き始めたが、コンクリートに擦れる音がして3分の1ほど空いたところで止まってしまった。
ジバンシイと澤村はマスクを付け、その隙間から降りて、右側へ走った。ランボー以外の全員が急いでマスクを付けた。ランボーは鼻と口を覆うようにバンダナを巻いた。アゲハも改造車椅子を走らせ、スロープを使わず飛び降りた。ランボーはバズーカ、他のみんなは木刀を持ち、素早く降り立った。
改造キャンピングカーも到着しており、運転席の窓からドクターが、行け行け、と大声を張り上げている。
香川警備保障の正面入り口に4トントラックが突っ込んで、入り口自動ドアのガラスは粉々に割れていた。
駆けつけた警備員に、澤村とジバンシイは手際よく麻酔銃を撃ち込んだ。警備員たちは、打たれた順番にスッと膝から倒れていく。
トラックは助手席側から突っ込んだようだが、運転席のドアもひしゃげて、ミントがドアを蹴り飛ばして開けると、中から白い粉のような物が舞った。ハヤブサ様が破けてしまいました、そう言って粉の中からミントが降りてきた。額をぶつけたようで、少し切れて血が出ていた。ランボーは、ミントの目は見ないで、投げてマスクを渡した。ミントも装着する。
「始まっちゃいましたね。まあ、格闘ゲームだと思ってやれば楽勝ですね」
冗談めいて木刀を握り直すロイホの手は震えていた。
「上だ!」
先に中に突入しているジバンシイが大声を上げた。俺たちは階段の方へ走った。
ビルの中は眩しいくらいの白い壁で、それが白い壁のせいか、興奮のせいか、耳をつんざく警報ベルの音のせいか、少し目眩がしたが、自分の頰を2.3度叩いて、みんなについていく。
エレベーター脇の階段を駆け上がる。途中、上から、香川警備保障の制服をきた男が2人転がり落ちてきた。体がぐったりしていて、多分澤村かジバンシイが麻酔銃を撃ったのだろう。特殊SPの根津、木村、他の10人の顔は、この1週間のうちに資料を何度も見て覚えた。落ちてきた2人は、どちらも特殊SPのメンバーではない。爆弾予告のライブ会場に多くのSPも駆り出されたが、全員ではなかったのだろう。
俺も麻酔銃は携帯させられている。特殊SP以外は、麻酔銃で眠らせることにしていた。一般のSPはまだ残っているのかもしれない。人数がわからない分、警戒心を強めた。
2階に駆け上がると、事務室らしきデスクが並んでいるところは全て電気が消えていたが、奥の部屋が明るかった。
電気が点いている部屋は、トレーニングジムのようになっていた。ビルの見取り図で見た、訓練室だ。2人、廊下に顔を出していた。木村班長!2人が奥へ行き、俺たちは追う。トレーニング機材が並ぶ部屋の奥に畳の部屋があり、柔道場のようになっていた。そこに木村を含め、他4人が立っていた。木村班は1人少ない。
「なんだ、お前ら」
木村は、顎が長く、髪は坊主、耳が潰れた大男だった。ガスマスクを付けた俺たちを見て、他の4人が構えた。
邪魔だ、ランボーはあのお手製催涙バズーカ弾を構えた。木村たち5人はやや怯んだ。
「喰らえ!」
掛け声までは調子良かったが、ハンドグリップ部分のトリガー的なところを引っ張ると、筒の先端からものすごい白い煙が出たかと思うと、パスッと乾いた音がして、煙以外何も出てこない。
構えたランボーは首を傾げ、バズーカの先端を下に下ろすと、ゴロゴロとガチャポンの玉の3倍くらいの大きさのカプセルが、転がり落ち、カシャンと軽い音を出して割れた。
途端にその辺一帯が、マスクを付けていてもわかるほどの、鼻の曲がる異臭が広まり始めた。
「なんだ、この臭い!臭え!ランボー、てめえ、何やってんだ」
ダンゴムシが怒鳴ると、マスクが無くバンダナだけしかしていないランボーは、しゃがみ込んでその場で吐き始めた。
「なんなんだ、こいつら」
木村班の4人が、構えてこちらに飛びかかってきた。先頭の男が、ジバンシイに飛び蹴りを喰らわそうと、体を宙に浮かせたところ、ジバンシイは屈み込み、ランボーの作ったお手製催涙バズーカ弾から出てきたカプセルを掴み、その先頭の男の顔面にそのカプセルを叩きつけた。
先頭の男は、宙でバランスを崩したのと同時に、そのカプセルの異臭をまともに喰らって、白目を剥いて倒れた。
「あ、くっせぇー」
マスク越しに篭った声で、ジバンシイは手に付いた得体の知れない液体を、倒れたSPの服で拭いた。
「バカ、くっせぇー。なに入れたんだよ、この臭い。お前、マジ殺す」
ジバンシイは、吐いているランボーの背中を蹴った。
「時間がないぞ、俺たちは先に上に行く」
澤村はダンゴムシ、フジコ、ミント、ジバンシイを連れて上にあがっていった。1週間で調べたところ、社長の香川はこの3日間は、社長室で寝泊まりしていることがわかった。社長室とは言っても簡易的には住めるような住居になっているらしい。下が警備会社なのだ、これ以上のセキュリティはない。財前恵美子の消息が掴めず、澤村は、ここで香川が娘の恵美子を匿っていると踏んでいる。
2階フロアに残されたのは、ランボー、シュワちゃん、俺と楓。1人白目を剥いて倒れているので、ちょうど4対4のはずなのだが、ランボーが嘔吐して立ち直っていない。
楓は松葉杖をつき、まだ脚を引きずっている状態だ。かなり不利な状況だ。
4人のうちの1人の男が、楓に飛びかかった。俺は楓を庇おうとするが間に合わない。楓は後ろに倒れ込み、男は覆いかぶさるように飛び乗った。
だが、楓は松葉杖の先を男の鳩尾に食い込ませ、男が体をくの字にして倒れ込んだところ、松葉杖で男の顔面を潰した。その勢いで松葉杖は折れた。既に意識を失っている男に、念には念を入れて、俺は太腿に麻酔銃を撃った。動かない男に対して麻酔銃なんて我ながら情けないと思いつつも、楓は俺に、グッジョブ、と言って親指を立ててくれた。
「面白い奴らだな。まさかお前たちか?うちの会社の有る事無い事、変なメール送ってきたの。お陰で、うちの班の1人が来なくなっちまったんだけどなあ」
木村がニヤニヤしながら、指の骨を鳴らし出した。
「そのメールで来なくなった従業員が、まともなだけよ」
今度は首を左右に振りながら、首の骨を鳴らし、ゆっくり楓に近づいてきた。俺は木刀を構え、楓の前に立った。
「お前、弱そうだな。今から、その姉ちゃん拷問するから、邪魔すんじゃねえよ」
俺は木刀を振りかぶり、木村の肩に入れた。が、木村はビクともしない。木村は右手を張り上げ、思い切り俺の頭上に落とした。
歯と歯がぶつかる音が鼓膜に直接響き、眼球の奥で火花が散った感じがして、脳が震えて、重い衝撃が首から腰にかけて走った。膝の力が抜けて、尻餅をついた後、遅れて痛みがやってきた。立ち上がろうと手を付くのだが、どうやったら立ち上がれるか脳が体に命令を下さない。立てなくて、左手で上半身を支え、右手で木刀を構えるのが精一杯だった。
俺と木村の間合いに、吐き終わったランボーが立ち塞がった。
「拷問は俺の十八番だぞ。木村、俺がお前を拷問してやるよ」




