妻との会話
「なんかちゃんと喋るの、久しぶりだね」
ダンゴムシとフジコの訓練が終わって、シャワーから出ると、楓から声をかけてきた。今まで、なにを話したらいいのかわからなく、なんとなく避けていたのかもしれない。
「脚、大丈夫なのか」
髪をタオルで拭きながら、やっと出てきた言葉がそれだ。大丈夫かと、何度聞けば気がすむのだろう、と我ながらボキャブラリーの少なさに愕然とした。
「正直、まだちょっと痛い」
そう言って舌を出した。まだ松葉杖が離せないらしい。楓も話すことが思いつかないのか、痛いのは脚なのに、松葉杖を撫でていた。
ロイホはシャワーを浴びたあと、また車椅子の改造に取り掛かっていた。それを覗き込んで見ているアゲハが、横から注文をつけ、じゃあ左側にもコントローラーを付けます、とか、それは無理です、とか揉めている。俺は、その光景を見ながら何か会話のきっかけが掴めないかと、探した。楓も同じことを考えていたようだ。
「アゲハって、ゲームオタクなのよ」
楓はロイホの取り掛かっている車椅子を指差した。車椅子の横には、テレビゲーム機の本体らしきものが転がっている。肘掛け部分のコントローラーをゲーム機のコントローラーに付け替えているらしい。
「うちだとね、アゲハとミントとロイホがゲームオタクなの。あの子達に対抗して、お父さんも事務所でゲームやってんのよ。超ヘタクソだけどね」
楓が澤村のことを「お父さん」と呼んだことに、反応してしまう。楓も気づいたようだ。
「お父さんのこと、黙ってて、ごめん」
「だいたいのことは、お義母さんから聞いたよ」
澤村とジバンシイは大きな紙を広げて話している。香川警備保障のビルの図面をプリントアウトしたようだ。ランボーとシュワちゃんは、大きなプラスチックの筒を切ったり、何かを詰めたりしている。ミントがみんなにアイスミントティーを配り、ドクターは缶ビールを開けていた。ダンゴムシはソファで横になってるし、フジコは化粧を直している。古谷夫妻も、何か手伝いましょうか、とランボーたちに声をかけていた。
重たい雰囲気はなく、笑い声も聞こえる。いつもの事務所の雰囲気だった。なんだか高校の文化祭の準備でもしているような光景だった。
ああ、そうか、高校の文化祭か。自分の頭の中に浮かんだ高校の文化祭という言葉がぴったりだった。みんながみんな、なんのためにやっているのか分からず、たまにサボっている奴もいたりして、バラバラの動きをしているのだが、だけど必ず成功させるという目的だけは一緒で、これが終わった後のことまでは考えていない。ただ、わかっていることは、これが終わった後、多分もの寂しく思うんだろうなぁということだけわかっている。
寂しくなるのがわかっているからこそ、成功させなければならない。
その光景を見ている楓を見ていたら、もうなにも聞くことはなかった。
考えたって仕方がない。俺は今まで流れに流されて、ここまできたんじゃないか。今更、なにが正しいか、何をすればいいかなんて考える必要はない。
理由は1つだ。妻を怪我させた奴を許さない。
「怪我はあれだけど、無事で良かった」
何も考えなかったら、俺の中の1番素直な言葉を言うことができた。




