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アットホーム アサシン  作者: オノダ竜太朗
セカンドミッション〜アフター
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受け取られないお金の行方(2)〜みんなの過去

あの受け取られないお金の行方は、どうやら俺たちの胃袋になるようだ。


ミントが検索しまくって、この辺で1番高いというステーキハウスがあり、俺たちは今、そこで食べている。

最上級A5ランクの松坂牛で、100グラム15.000円だった。一口食べたが、ちょっと高い肉と区別できるほど俺の舌は肥えていないのが現状だ。とろけルゥ、とミントは嬉しそうに小さい口で頬張る。ロイホも珍しく、美味い、美味い、と言ってライス抜きでもう1人前注文した。


ミントがトイレに席を立つと、


「僕もあんまり、味とかわかんないんですけど、女性と食べる時は、美味そうに食べるのエチケットですよ」


と22歳の年下に指摘された。


「浅野さん。そう言えば、さっき、先輩の言ってたこと気にしてます?」


ミントももう1人前注文した後、俺に言ってきた。


「ああ、あの夫婦はケンカしなくちゃダメだっていうの?」


「そう。あれね、先輩、自分のこと言ってるの。先輩は、奥さんには絶対怒らなくて、ケンカになりそうになっても、自分が我慢してたんです。仕事で忙しくて、話も聞いてあげれないから、ケンカする時間が勿体無いって。でも、先輩の奥さん亡くなって。お葬式の時に泣きながら、ケンカもしてあげれなかったって」


「奥さん、亡くなってるの?」


「そう、癌でね。気づいた時にはステージ4。いろんなところに転移しちゃってて、もう手術の施しようがないところまでなっちゃってたんです。先輩、その時は大きい大学病院で普通に外科医師をしてました。


基本、家族の手術ってやらないんですけど、誰もやってくれないなら俺が治すって言って。あっちを切っても、こっちを切っても、切ってる最中にも別のが見つかって。手術中に泣きながら、どんどん切るから、助手たちが全員で止めて。


結局、全ては取りきれないまま閉腹するしかなかった。術後、意識を取り戻しても、術前より衰弱してしまって、すぐに亡くなってしまった。先輩は、自分が余命を短くしてしまったって、自分を責めて。だから大学病院をやめたの。腕のいい外科医だったのに」


そんな重い話をしながら、ミントはシャトーブリアンをこまめに切って、パクパク口に放り込む。重い、重すぎる。酒でも飲まないと聞いていられないと思い、生ビールを注文した。


「もう病気は治せないって。だから、自分で整形外科を開業したの。最初は所長が『Mr.ブラック』で、先輩が『Mr.ホワイト』って名前で、組んでたんだけど。最初の頃は白衣着てたから」


「奥さん、亡くなってるのわけじゃないけど、ランボーさんもダンゴムシさんも奥さんと別れてるんですよ」


ロイホがアイスコーヒーのストローを回しながら言った。


「ランボーさんと、昨日『執行』に言ったからわかると思うんですけど、あの人ちょっと、っていうかだいぶイカレ出るんですよね。ちょっとスイッチ入っちゃうとヤバいっていうか。それで奥さんにもDVしてて、ひどかったらしいですよ。多分暴力振るってる時が、一番自分に存在感を感じるんじゃないですか。始まると自分では止められなくなる。それで、ランボーさんはうちの事務所に依頼に来たんです」


「え、まさか奥さんを殺してくれって?」


「いや、自分を殺してくれって依頼してきたんです。このままだと、いつか女房を殺してしまうから、俺を殺してくれって。それでうちの所長が、奥さんと離婚させて、ランボーさんの知らない土地に住まわせて、ランボーさんは、うちで働くことになったわけですよ」


ミントは、グラスの水を全部飲み干し、周りを見回し、隠れて赤いトートバッグから魔法瓶を出して、そこへアイスミントティーを注いだ。


「ランボーさんはDVしてたひとなんで、ミントさんはランボーさんのことが苦手なんです」


そうだった。ミントはDVの夫を殺しているんだった。もしかして、さっきも、ホテルにランボーがいたことも気づいているのに無視していたのかもしれない。


「頭ではわかってるんですけどね。ランボーさんは違う人だって。だけど、同じく目をしてるんです。特に『執行』の時には。だから所長が気を使って、ワタシとランボーさんは組ませないようにしてくれてるんです」


みんな色々と抱えている。俺の当たり前が、みんなの当たり前じゃない。


「ダンゴムシさんも似たような理由なのかな。ダンゴムシさんの待ち受け見たことあります?スマホの待ち受け画面。凄い美人の写真じゃなんですよ。あれ、元奥さんです。どこの人だったかなぁ、ドイツだったかなあ、フランスだったかなあ。外国の人ですよね」


そういえば火村誠の『執行』の帰り、車の中でダンゴムシは、スマホを眺めていた。あれは元奥さんの写真だったのか。


「僕、あんまりボクシングのこと知らないんですけど、ダンゴムシさん、結構強かったらしくて。桐島譲次って知ってます?ダンゴムシさんの本名です。ランキングも順調に上がってきて、付き合っていた彼女が外国人なので、ビサが切れると国に帰らなきゃならないって、結婚したんですよ。


べつに強引にとかでなくて、ちゃんと両方の両親にも祝福されてだそうです。でも結婚して1年くらいで、お腹に赤ちゃんができて、多分ダンゴムシさん張り切っちゃったんじゃないでしようか。その頃から、スランプに入っちゃったんです。負けが続いたんですね。


奥さんは、ダンゴムシさんを元気づけようと一生懸命応援して、ガンバレ、ガンバレって片言の日本語で。それが毎日プレッシャーだったそうです。

ある日、このコもオウエンしてる、って大きくなり始めたお腹を見せて来た時、無意識に叩いちゃったらしいです。その拍子に転んで、流産しちゃったんです。ボクサーですからね、ちょっと叩いただけかもしれませんが。その後も奥さんは、ジョージ悪くない、って言ってしばらく日本にいてくれたそうなんですが、ランボーさんがボクサーを辞めるのを機に離婚して、奥さんを国に帰したそうです」



妻に嘘をついている自分、娘に八つ当たりをしてしまう自分、ものすごく小さい自分。


「シュワちゃんさんは奥さんいるの?」


「あー、あの人は僕らもよくわからないです。もしかしたら、ランボーさんが作ったサイボーグなんじゃないかって、みんなで言ってるんですけど」


「サイボーグなら、風邪で休まないよね」


ミント、ドクター、ランボー、ダンゴムシ、みんな夫婦の問題を抱えていた人たちだ。

同じような境遇の人たちが集まり、過去を吹っ切り前に歩こうとしている。俺は、いったいなにに悩み、なにをしたいのか。自分はなにを求めているんだろうか。


「まあ、みんな、どこかでこの事務所のみんなを家族みたいな感じに思ってたりするんですけどね」


そう言えば、ロイホは、なぜこの仕事をすることになったんだろう。


「ロイホくん、君は..........」


僕ですか?ロイホがそう言って口籠ると、ミントが、見せてあげれば、とロイホの背中を指した。

はあ、と息を吐き、周りを確かめてから、後ろを向きTシャツの裾を背中半分くらいまで捲った。そこにはものすごく鮮やかな龍の刺青が入っていた。危うく口に含んだビールを吹き出すところだった。


「僕は親ですね」


そう言ってTシャツを直した。


「親父の虐待が酷かったです。母さんが助けようとすると母さんにも手をあげる親父でした。母さんは、うちの事務所に依頼しに来たんです。所長に話を聞いてもらってるうちに、依頼じゃなくて相談みたいになっちゃって。結局、親父を殺してくれって依頼はしなかったらしいです。12歳くらいの時に、母さんが自殺しちゃったんです。


それで所長、僕を無理やり引き取ってくれて、まあ、所長が僕のお父さんの代わりになって育ててくれたんです。だからジバンシイさんは、僕のお兄ちゃんみたいなもんです。

虐待でタバコを押し付けた跡や傷を誤魔化すために刺青入れたら、ジバンシイさんに怒られましたけどね」


ん?所長が親代わりで、ジバンシイがお兄さん。


「あ、所長とジバンシイさんは親子ですよ」


親子で殺し屋。そんな家もあるのか。


ミントは、やけに楽しそうだ。


「だから、ある意味、みんな家族なんですよ。ワタシたちって」


ミントは時間を確認し、そろそろ事務所戻ろうか、と席を立った。


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