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アットホーム アサシン  作者: オノダ竜太朗
セカンドミッション〜アフター
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ヤブ医者「ドクター」

歓迎会という名目なので、少し酒の匂いがしないと不自然だと思い、近所のコンビニで缶ビールを買って飲んでから、自宅に向かった。


「お帰りー」


家に帰れば妻と娘が暖かく迎えてくれる、そんな当たり前のことが、全ての家庭、全ての親に与えられているわけではないことが、今日の『執行』で目の当たりにした。俺みたいな貧弱なメンタルの持ち主には堪える。


家に着いたのは午後10時過ぎた時刻。娘はまだ寝ていなかった。


「明日学校だろ、もう寝なさい」


優しく、というよりは力なく娘を叱った。もう疲れた。はあい、娘はちょっと不貞腐れて、歯を磨きに洗面所に行った。


「まだ、歯も磨いてなかったのか!」


なぜか少し声を荒げてしまった。


「どうしたの?里穂、パパの帰り待っててくれてたのにー。歓迎会で嫌なことでもあったの?」


ため息が出てしまう。妻に嘘をついていることも、犯罪に手を染めているのも、娘に大きい声を出してしまったことも、みんな嫌になってしまう。


息子を亡くし、やり場の無い怒りを抱えた夫婦と、今日で命の消える一家。家族の形が同じでも、違う運命を辿るのは当たり前だが、自分だけふんわりとした緩い中で、それを知らぬ娘に八つ当たりをしてしまった。また、そんな自分に腹を立てる負のスパイラル。


「やっぱり、次の会社も辞めようかな」


そう口走ると、


「嫌なら辞めてもいいけど、シンちゃん、それは早過ぎるよ」


「そうだよ。パパ、意志弱すぎっ」


歯を磨き終わった娘からの一言。こちらが怒鳴ったことも気にしてない様子。娘の方がメンタルが強いのかもしれない。


この当たり前の生活を守るための、正しい選択をしなければいけない、と娘と一緒に布団に入った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



朝起きて、家を出る時間になると、またも行く場所はここしかない。

いつも通り事務所のドアを開いた。

入り口にロイホがキーボード、奥にはダンゴムシが鼾をかいて寝ている。ランボーは、探したがいなかった。気がついてないだけでいると困るので、ロイホに聞いた。


「朝一で、昨日のホテル、チェックアウトしに行ってます。ちなみにシュワさんは、風邪で休みです」


ミントは今日は澤村のソファの迎えに座っていた。漫画は読んでいない。澤村とミント、そして見たことのない顔の男がいる。汚らしい天然パーマで、白いラインが入った黒のジャージ上下を着ていた。


澤村は俺に気づくと、上下ジャージの男に俺を紹介した。


「おお、新人さん。昨日はご苦労さん。少しは慣れたか?」


いきなり昨日まで知らない男に、上から目線で言われた。隣でミントは嬉しそうに微笑んだ。


「浅野さん、こちらが前に言ってた『ドクター』です」


「え、大学の先輩の?」


「はい、そうです」


今日のミントはとても嬉しそうだ。少女の目になっている。

俺がミントの話を聞いて想像していた「ドクター」と、この「ドクター」があまりにも違いすぎるので驚いた。俺がミントから過去を聞いている時に勝手に想像していた姿は、細面で髪はサラサラ、肌は白く、銀のフレームの眼鏡をかけた爽やかで頭の良さそうな青年だった。

が、現実目の前にいるのは、汚らしく伸びた天然パーマで、肌は浅黒く、無精髭を生やした岩みたいな顔の図体のでかいオジさんだった。爽やかさの欠片もありはしない。


「浅野くんね、俺の本職は形成外科だ。たが、基本なんでも治す。病気以外はな」


自分で言って何が可笑しいのか、ガバガバ大きい口で笑った。


「腫瘍なんて、こっち切っても、あっちにできて、あっちを切ったらなんてやってたら終いに内臓無くなっちまうぞ。どんどん切ってるうちに、キリがねえから途中で面倒くさくなってくんだな。だけど、骨は、くっ付けりゃいいからな。しかも、くっ付けば、その部分は前より太くなって、丈夫になるんだよなあ。夫婦だって、そういうもんだろ、なあ、新人」


不意に自分に話しかけられ、骨と夫婦の話も意味が分からず、返事に困った。


「だからな、骨はくっ付くの、これ仮骨(かこつ)って言ってな、骨芽細胞によって新しい骨が作られてって、そこは前より頑丈になるんだよ!」


「先輩、浅野さんはそこが解らないんじゃないと思います」


ミントの助け舟が入った。ミントは、このでかい図体のドクターの向こうに座っているため、ミントが隠れて見えず、声だけ聞こえた。


「だから、その夫婦もケンカしたりするけど、仲直りしてくっ付きゃあ、前よりもラブラブチュッチュだろ、って言ってんだ。そうだろ、新人!」


多分この人は普通に喋っているだけなのだろうが、怒っているような喋り方だった。


「いや、うち、あんまりケンカしないんで」


あんまりどころじゃない。俺は妻とケンカしたことがない。妻が一方的に起こることはあっても、俺はしょんぼりするだけで、言い返したり、ましてや怒鳴ったりなんてしたことがない。


「そりゃあ、ダメだ。夫婦はケンカしろ。ケンカしねえと、絆ができねえ。なあ、お前自分が我慢してりゃいいと思ってねえか」


さっき会ったばかりの人に、なんでこんな説教を聞かされなければならないのか。うちは、これでうまくいってるんだから、余計な口出しはされたくない。


「仲良くやってると思ってんのは、自分だけかもしれねえぞ」


ソファで偉そうに踏ん反り返っている図体のでかい男は、言うだけ言って、澤村から金を受け取り、「離婚するなよ」とでかい声で言って、事務所を後にした。


「なんなんですか、あの人」


「先輩は、悪い人じゃないんですけどね」


ミントがそう言うと、澤村は鼻で笑った。


「あいつは昔から、口だけは悪い。あと、ヤブ医者だけどな。ギャンブル狂で、女癖と酒癖が悪い」


「悪いところだらけじゃないですか」


「金払いはいいですよ。みんなで飲み行ったりすると、必ず全額払ってくれます。所長と違って」


ロイホは嫌味を言ったが、澤村は聞こえなかったふりをし、テーブルの上の資料を片付け始めた。


ロイホとミントは身支度をしていた。いつものように、赤いトートバッグと黒のバックパックにiPad、ファイル、多分俺がカメラを回したDVD、手慣れた手つきで必要な物を入れていく。


「浅野さん、ミントさんと古谷さんの『アフター』行きますけど、一緒に行きます?」


事務所に残って、へんな依頼を頼まれるより、ロイホとミントといた方が気が楽だと、彼らの後についていった。


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