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アットホーム アサシン  作者: オノダ竜太朗
プロローグ
3/74

殺し屋の事務所訪問

色黒の小さいオジさんにもらった名刺は、捨てようかと思っていたが、なぜか捨てられずにいた。

どう考えても胡散臭さしかない。


おちょくられたのだろう。本当に「殺し屋」なんて仕事があるわけがない。たとえ本当に殺し屋だったとしても、殺し屋が探偵事務所と偽っていたとしても、事務所なんか構えるだろうか。それにあのオジさん自体が殺し屋とは思えない。殺し屋というのは冗談で、どうせただの探偵なのだろう。


いつもより少し遅い時間に目を覚ますと、既に妻は実家に娘を迎えに出かけていた。

スマホを見ると妻からLINEが来ていて、


里穂を迎えに行ってきます。

昼ごはんは実家で食べてくるので、お昼は自分で食べて。夕飯までには帰ります。


と、絵文字なかった。

だから、朝飯は抜きにして、喫茶店でミートスパゲティとポテトサラダを食べていた。財布から昨日の名刺を出した。


その名刺を表裏何度もひっくり返したりして見ている。裏側には簡単なアクセスマップまで印刷されている。マップにはコンビニや誰でも知っているファミリーレストランを目印に、探偵事務所の場所は星印で示されていた。ビルの三階にあるらしい。


そして俺は、そのビルの一階にある喫茶店で食事をしている。


かなり古いビルだった。いかにも儲かっていない探偵が事務所を構えそうな佇まいだった。三階の窓ガラスには、外から見えるように「澤村探偵事務所」と書かれている。探偵事務所GESBKじゃなかったか?多分、その名前に変える前は自分の名前で事務所を出していたのだろう。


なぜここに来たのだろう。土曜日で妻も娘もいなかったので、暇だったからか。殺し屋というのに興味が湧いたのか。あまりにも現実味を帯びないので、「怖い」という感情は希薄だった。むしろ、どんな阿保顔下げて営業してるのかと確かめたかったのもある。どうせただの探偵なんだから。


でも多分一番の理由は「誘われたから」なんだと思う。


この間、他社にヘッドハンティングされ辞めた同僚と飲みに行った。基本給は下がったが、契約が取れればインセンティブが入ってくるため、収入は増えたのだそうだ。彼は仕事ができる人間だから当然だと思う。俺みたいな普通の奴は、満足いかない給料だとしても毎月同じ額が振り込まれる方を選んでしまう。ただ、羨ましかった。

それは収入が増えたことではなく、ヘッドハンティングされたことだ。

他の会社から必要とされる彼が、本当に羨ましかった。

自分なんかは、自分の会社からも必要とされてるかもわからない。

俺の仕事は、決められたルートを営業して回るだけで毎日が同じことの繰り返しだ。飽きる事を通り越して、家族のために惰性でこなしている。俺じゃなくてもいい、代わりは誰でもできる。

優柔不断で消極的な俺は、毎日決められた仕事が似合っていると思い込んでいた。


そんな自分が「誘われた」。

俺の能力を買って、ヘッドハンティングされたわけではないが、「誘われた」のだ。

胡散臭いとは思っていても、興味が湧いた。誘ってくれる他人は自分をどう誘ってくれるのか興味がある。嘘だとわかっていても、もっと誘ってほしいとさえ思う。

詐欺で騙される人は、こういう心理で騙されてしまうのだろう。


それはダメだ。自分の興味本意で騙されてはいけない。俺には家族がいる。毎日が同じでつまらない仕事でも、自分を置いてくれ、安定した給料をくれる会社に留まるべきだ。俺みたいな奴が、多くを求めてはいけない。

俺はどうかしていた。殺し屋だって、探偵だって、話を聞いて一体なにになるんだ。俺は店を出た。


あまり美味くなかったくせに、一丁前の値段を取られた。家に帰ろうと、駅の方に向かって歩き出そうとすると、後ろから声をかけられた。


「どこ行くんですか?事務所この上ですよ」


振り返ると全然知らない若者がいた。少し明るめの茶色い髪で、目が前髪で隠れている。ストライプのシャツに、ダメージジーンズに赤いスニーカー、黒のバックパックを背負っている。スマホをいじっている。


「アンタ、浅野さんでしょ。所長、ずっと待ってますよ」

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