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アットホーム アサシン  作者: オノダ竜太朗
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28/74

嘘から嘘 次から次

なんとも言えない重い気分だった。

あの後、事務所に戻ると電気が消えていて、既にみんな退社していた。

飯でも食ってくか、とダンゴムシに誘われたが断った。あぁそう、とダンゴムシはつまらなそうに言って、車の運転席に座った。免停中だろ、と思ったが、それを言うと俺が彼の家まで運転する羽目になりそうだし、代行呼ぶか、パーキングに停めるかと悩んでいるうちに、彼は車を発車させ帰っていった。

やはり考えない方がいいのだろうか。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



重い気分のまま家に着くと、カレーに匂いがした。妻と娘で作ったそうだ。人参とジャガイモは里穂が切ってくれたらしい。

キッチンのまな板の上には、安全性を考慮したプラスチック製の包丁が置いてあった。


「どう?ビシッと言ってやった?」


「ビシッとって、何を?」


いつもの妻のカレーは、材料を小さく切って、形がわからなくなるまで煮込むが、今日は里穂が切ったことで、人参ジャガイモもがゴロゴロと入っている。大きなジャガイモの塊を口に含んだ。食欲がなく、噛んでもうまく飲み込めない。

人を殺すのを目の当たりにし、俺も犯罪者なのではないか。その犯罪者が、暖かい家庭で、妻と娘が作った料理なんか食べる資格はあるのか。この手で、つまと娘に触れることができるのだろうか。

考えるな、自分にそう言い聞かせた。普通にしていなければいけない。

気づくと里穂が俺の顔を訝しげにのぞきこんでいたので、「うまい!」と言った。


「パパ、飲み込んでないよ」


慌てて水で流し込む。


「そんなことないよ。凄いうまい!」


「里穂、切っただけだし。味はルーの味だよ」


「違う違う、切り方で全然味違くなるんだって、里穂の切り方が美味しいんだよ」


娘は首を傾げる。妻は冷蔵庫から缶ビールを2本取り出し、持ってきた。


「パパ、料理の味なんてわからないくせにねー」


妻と娘は、2人で俺の顔を覗き込む。

妻は缶ビールを開け、俺に差し出してきたが、今日は飲むような気分ではなかったので断った。「つまんない」と言って、妻は缶のまま、開けたビールを飲んだ。


「で、会社の方はどうなの?ビシッと言ってきた。『ここは俺のいる会社じゃない!辞めてやるー』とか?」


「パパ、辞表だしてきた?ジヒョー」


「里穂、それを言うなら退職届だよ。辞表っていうのはね、会社の役員っていって、もっと上の偉い人とか、公務員、先生とか警察官とが辞める時のが、辞表って言うんだよ」


「そんなのどっちだっていいじゃん。シンちゃん、そういうとこ細かい」


細かいと女子に嫌われるよ、と里穂が笑った。もう4年生にもなると、言うことが大人びてくる。指摘が厳しい。


「そのもう一個、迷ってる仕事って何?」


妻はこの間言ったことを覚えていたようだ。

帰宅したばかりは何事もなかったように接してくれていたが、いつもより帰りが遅く、俺の様子が違うのは感じ取っていることだろう。全く説明するわけにはいかないが、正直に話すこともできない。辻褄を合わせるよう部分部分嘘を入れて話した。

午前中に一応パートのおばさんに謝罪してから部長と話して、退社の意向を伝えた。部長から落ち着いてまた月曜から出社するよう言われ、今日は早退した。時間ができたので午後は当てのある会社に訪問、その会社は物流関係の仕事で、担当者と軽い面接がてら見学させてもらったことにした。嘘だらけだ。部長とも自分の口から辞めるとは言えてないし、次の仕事も嘘。嘘を並べて、最後の方は妻の目を見れなくなっていた。

俺は嘘を話しながら、カレーは残さず食べた。妻は、食器を片付け、洗い物をしながらキッチンからカウンター越しに話しかけてくる。


「なあに?物流関係って。なんか、つまらなそう。もっと全然違う仕事にすればいいのに、なんかアタシたちがびっくりしちゃうようなさぁ」


「パパ、EXILE入っちゃえばいいのに」


娘は時に鋭いことを言うが、こういうことも言うところが、まだまだ子供だなぁとほっこりしてしまう。


「里穂、パパ、EXILEは無理だよ。ダンスできないし」


「そんなのわかってるよ、それに里穂、GENERATIONSの方が好きだもん」


何も言い返す言葉がみつからず、ダイニングテーブルの上に残された妻のビールの缶を片付けようと持ち上げると、中身が少し残っていた。俺はその残りを飲み始めた。


「なんかさあ、シンちゃんが面白い、やりたいって思えなきゃ、今の仕事から変えたって、同じよ。給料とか待遇とか、そんなの二の次。今の時代終身雇用なんてあってないようなもんだし。シンちゃんが、これだ!って思うならなんだっていいんだよ。シンちゃんの好きなこと。例えばシンちゃんの好きなヤクザだっていいのよ」


ビールが変なところに入り、むせた。殺し屋はヤクザではないが、妻がとんでもないが、近からず遠からずなことを言うので、ぜんぶ嘘がバレて、もしかしたら知ってるんじゃないかと思った。


「だって、昔からヤクザ映画好きじゃん」


俺はヤクザ映画やVシネマが好きだ。最近は見る時間も少ないが、たまに娘が寝た後レンタルしてきたDVDを見ている。中学生くらいの時から、たくさん見ている。不良の漫画とかも読んでいた。中学、高校と俺は普通の学生だった。ただケンカが強い奴に憧れていた。普通の目立たない生徒なのに、実は他の学校の不良が乗り込んでくるほどのワルだった、とか、普通の会社に勤め普通に暮らしているのに実はヤクザの2代目組長だった、とかそういうシチュエーションが好きだった。ケンカもしたことないのに、映画を見るだけで強くなってる気がしていた。多分強くなりたいのだと思う。


「例えばヤクザってことよ。そういうシンちゃんが好きだからやりたいってことなら、ヤクザでもアタシは応援するよ、って話」


自分のやりたいこと。やりたいことって、なんだろう。そんなこと考えもしなかった。

いや、多分考えなきゃいけないことはわかってはいたが、考えることから逃げていただけなんだ。


「なんにもないなら別だけど、一応やってみたら、その物流関係っていうお仕事。やってみて嫌なら、また次を探せばいいから。考えてるうちに、その話もなくなっちゃうよ。ダメなら次、それもダメなら次。大丈夫だよ、シンちゃんにはアタシも里穂もついてるもん」


妻の言うことで、ダンゴムシの話を思い出した。


その日の夜はなかなか眠りにつけなかった。夜中、火村の血塗れの顔面を思い出し、トイレで吐いた。


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