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アットホーム アサシン  作者: オノダ竜太朗
ファーストミッション
26/74

ゲット アップ ルーシー(4)〜執行

待機避難所のスペースには、赤いスポーツカーしか停まっていない。後部座席に白い紙袋だけが見えた。車内には、火村もフジコの姿もない。

周りはボロボロのガードレールで囲ってあり、その向こうには、海が広がっている。

今日は風が強い。砂を含んだ塩風があたり、顔がベタベタしてきた。ダンゴムシが砂浜の方を指差して何か喋ったが、風の音で聞こえない。指の方向を見ると、大きな流木の上に、火村とフジコが腰を掛けていた。


有名な海水浴場ではなく、地元の人だけしか来ないような海だろう。穴場というには、たいして綺麗な海岸ではない。ゴミや石が所々に落ちていた。先ほどの養護施設の子どもたちが遊んでいる光景が浮かぶ。

ガードレールとガードレールの間に人が1人通れるスペースがある。フジコたちはそこから砂浜に降りたようだ。


ダンゴムシは車に戻り、ダッシュボードを漁って、俺にハンディカムを手渡された。


「合図したら、撮れ」


ポケットからイヤホンみたいなものを出した。それを嵌めて、


「じゃあ、始めるか」


と、ぼそりと独り言のように言った右手には拳銃が握られていた。

初めて生で見る拳銃に腰が引けた。

この冗談みたいなやり取りと暇つぶしのドライブみたいな尾行は、ただの探偵ごっこではなく、あの男を殺しにきたのだと、今更ながら思い出させられた。ダンゴムシは拳銃を腰のベルトに刺した。


砂浜に降りる。足元がぐらつく。自分の足で歩いている気がしない。それが砂の足場が悪いせいなのが、恐怖のせいなのか、なんなのかは判別できない。


「よし、撮れ」


電源を入れて液晶モニターを開く。モニターの隅に「通信」という文字が映る。


「録画ボタンは押すな」


「通信」という表示が出ているので、モニターを通すだけでどこかにライブ配信される仕組みなのだろう。

膝に力が入らないのを、叩いて奮い立たせる。ハンディカムに内蔵されているスピーカーからも風の音が聞こえる。モニターの中の2人の姿に徐々にに近づく。


先に気づいたフジコが、振り返った。

すっと立ち上がると両手で腰についた砂を払った。まだこちらに気がついていない火村は、締まりのない顔を上げ、フジコに微笑んでいる。


「じゃあね」そう言って、手をヒラヒラ振り、こちらにゆっくりと歩いてきた。


火村の視界に俺たちが入ったが、まだ事の成り行きを把握できない様子。


「あら、この間、大地君といた人?」


フジコはハンディカムを構えた俺の肩に手を置いた。俺の耳元に口を近づけ、バック買ってもらっちゃった、と1人だけ楽しそうな顔をしていた。


「なんだ、お前ら」


ようやく状況を把握したのか、先ほどの腑抜けた顔から、俺たちを睨む目付きに変わった。


「レイカさん、あんたもグルか?」


「レイカって、誰?」


フジコは完全に火村をおちょくっている。


「最初っから、騙してたのか?」


「詐欺師は察しがいいねぇ。どうだい、自分が逆の立場になるのは」


テメエ、風の音で聞こえなかったが、口の形がそう示していた。


「いつでに言っておくが、アイツは男だ。それも騙してた」


彼はフジコのを見て、信じられないと言った顔を向けてきたが、フジコはウインクやら投げキッスやらで返した。火村は溜息をついた。


「誰に頼まれた?それとも金か?」


フジコとダンゴムシは目を見合わせた。ダンゴムシは小走りで火村に近寄り、思い切り頭突きした。不意を突かれた火村は避ける間も無く、ダンゴムシの額は火村の鼻にヒットした。火村は鼻を押さえて屈み込んだ。


「まぁだ、状況わかってねぇみてーだな」


火村の指の隙間から鼻血が流れ出した。

ダンゴムシはズボンのポケットを弄り、皺だらけになった紙を2枚出し、屈んだ火村の前に投げた。


「そいつら、知ってるよな」


裏返ってしまったのか、投げられた2枚の紙をひっくり返し、これで全てを理解したというな顔をした。


「その女と、その男のお母さんから、お前を殺してくれって依頼を受けて、俺たちは快く引き受けたんだ」


藤原景子の他にも依頼人がいたのか、火村は何人も騙してきたロクでもない奴だから、依頼してきたのが2人だったとしても、恨んでる人なんか、もっともっといるんだろうな。


「ちょっと待てよ、ただの仕返しだろ。謝るよ。金も全部返すから」


ダンゴムシは左足を踏み込み、右足で火村の左耳を蹴り飛ばした。流石は元ボクサー、動きが俊敏だ。火村は顔から砂浜に突っ込むようにして倒れた。


「ホント、わかんねー奴だな。殺すって言ってんだろ」


火村は砂浜の砂を掴むようにして、上半身を起こした。両手を前につくと、鼻血がボタボタと垂れた。頭を砂浜につけて土下座の体制をとった。


「本当に悪いことしたと思っています。女の人の弱みに付け込んで、最低の人間だと思っています。騙したお金も全部返します。だから許してください」


それを見てフジコは腕を組み、つまらなそうに溜息を吐いた。


「俺に謝られても困るんだけど。でもこの人たちは、謝ってほしいなんて思ってないよ。殺してくれって言ってんだもん」


ダンゴムシは土下座している火村の頭を靴でコツコツと叩きながら喋っていた。うぁぁぁあぁぁあ、と雄叫びを上げ、火村は砂浜を蹴り上げ、ダンゴムシの足にタックルをかけた。ダンゴムシはそのまま尻もちをつき、火村は馬乗りになった。だが、その反撃のチャンスも、ダンゴムシが拳銃を向ける事で呆気なく終わった。

彼は両手を上げ、ゆっくりと立ち上がり、後退りした。


「悪かったって、悪かった。なぁ、待ってくれよ。2倍出す、なあ、そいつらから金受け取ってるんだろ、俺はその2倍払う。だから見逃してくれ」


「2万ぽっちの金で、俺が動くと思うか?」


「はぁ?2万って」


「依頼料、1人5千円貰ってるから、2人で1万。お前が2倍って言ったら2万だろ。お前、計算もできねえのか」


「そんな安い金で引き受けたのか。俺の命はそんな安いのか。ふざけんなよ!」


「お前マジで気持ち悪ぃなあ。お前なんかタダでもいいくらいだけどな」


「あんたら、頭おかしいんじゃねぇか。そんな金にならねえことで、人を殺せるのかよ」


「タダでも人は殺せんだよ。金なんて、お前ぶっ殺した後、お前の金、全部貰うだけだから。お前は、俺たちの金の心配はしなくていい」


ダンゴムシは火村の胸倉を掴み、何度も何度も頭突きをした。連続で頭突きをしている最中、ダンゴムシの耳から何か飛んできた。それが俺の足元に落ちた。イヤホンだ。俺はそれを拾った。その後も何度も何度も額を火村の顔に打ち付けた。火村の顔はみるみるうちに変形していく。左右の目の高さもあべこべで、顔中血塗れだ。


ダンゴムシは、「あっ」と叫び、足蹴で火村を突き飛ばした。火村の歯が当たったらしい。ダンゴムシの額からも血が流れていた。

火村は横向きに倒れ、口からコポコポ音を出しながら、地を吐いている。砂浜に血溜まりができ、その中に小さな白い石のような物がいくつか見えた。歯だ。


「ねえ、気持ち悪いから、アタシ、車で待ってるね」


フジコはそう言って、車の方に歩いていった。


ダンゴムシは執拗に顔ばかり攻めている。寝っ転がった火村の顔を、ボールを蹴るようにして、何度も蹴った。火村は体がうつ伏せになり、微かな呻き声を上げて、腫れ上がった目で遠くを眺めていた。その先にはさっきの養護施設の十字架ぎ見えた。


「なんだお前、神様に助けて貰いてーのか。もう悪いことはしません、助けてください、アーメンって。なあ!」


ダンゴムシは火村の体を仰向けにさせ、その横に膝をつき、自分の額を火村の顔面に叩き落とす。頭突き、頭突き、頭突き。ヘッドバッキングのように何度も頭を振り下ろす。頭突き、頭突き、頭突き。お互いの顔中、血塗れで、もうどっちが流した血かなんか、わからない。頭突き、頭突き、頭突き。

初めは謝罪の言葉だったり、泣き喚いたり、暴言を吐いたりしていたが、次第に何も言わなくなった。ダンゴムシを無言で続ける。頭突き、頭突き、頭突き。額と顔面がぶつかる、呻き声が漏れる。

俺は、意識して持たないとハンディカムを滑り落としてしまうほど、手に汗をかいていた。頭の形が変形してしまい、顔面か腫れて、頭頂部が凹んでみえる。何も言わない彼の手足は力無くだらりとして、頭突きの振動で少し揺れるだけで、今は呻き声すら聞こえない。

そこにはもう、彼の魂があると思えない。


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