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アットホーム アサシン  作者: オノダ竜太朗
ファーストミッション
21/74

そしてロイホと呼ばれる

席に着くと、座ってすぐにオーダーに入り、彼は「黒×黒ハンバーグ」というものとドリンクバーを注文、こちらも焦って何か軽いものを急いで選んでシーフードドリアを頼んだが、ウエイトレスが背中を向けた瞬間、チーズは重たいかなぁと後悔し始めた。


食事が届く間、気まずい時間が流れる。彼はパソコンのキーボードと同様に、スマホでなにやらいろんなことをしているが、覗いてもなにをやっているか、さっぱりわからない。


「なんか、あの事務所、いろんな人がいるね」


頭をフル回転にして絞り出した結果、どうでもいい質問しか思い浮かばず、これだったら黙って食事を待っていた方がマシだったかと、また後悔した。


「あぁ、『ダンゴムシ』さんですか?」


「そうそう。あんな人もいるんだね」


「いつもああやって、ほとんど会社来て寝てるんですよ。最初の頃は、デスクに座って仕事してるフリして、うたた寝する程度だったらしいんですけど、僕が入社した頃には堂々と寝るようになってて。最近じゃあ、出社した途端、デスクの下で丸くなって、速攻で寝てますからね。丸くなって寝てるから『ダンゴムシ』だそうです。所長のあだ名の付け方、ガキなんですよ」


そこでも意気投合しそうになる。


「あぁ、浅野さんが初めて来た日も、あそこで寝てましたよ」


「本当に!全然、気がつかなかった」


「あの人、元ボクサーで頭いかれてるんですよ。最初『パンチドランカー』ってつけられたらしいんですけど、俺は小さい頃頭が良くて成績でも1とったことがなくオール2だったって。バカでも、『パンチドランカー』ってのは嫌だったみたいです」


食事が運ばれてくると、彼はあっという間に平らげてしまった。サイドの野菜から全部食べ、ライスを食べきってからのハンバーグ、味わうなんてしないで、噛んでいないんじゃないかと思うスピードで次から次へと口に運ぶ。彼にとって食事は、ただの燃料補給に過ぎない。俺はというと、二口食べたところで手が止まってしまった。完食するとすぐにドリンクバーを取りに行った。


「で、浅野さんはどうするんです?」


4杯目のコーラを注いできたマックが言った。


「どう、って?」


「だから、うちの会社に、来ます?」


「来ますって、そんな簡単に聞かれても.......」


「すぐ断らないってことは、選択肢としては無くもないってことですよね」


「いや、その、だって殺し屋だよ」


俺は周りに聞かれないように声を潜めた。


「そうですよ」


「君は、実働隊というか、殺す方の仕事じゃないんだよね」


「実質的に、自分が殺しに行くことはないですね」


こちらが声を潜めているにも拘わらず、彼は普通のトーンで答える。


「でも、人を殺すことに加担してるんだよ。それって罪の意識とかないの」


「いや、べつに。だって殺してるの、悪い人ですよ」


なにを幼稚な理由をつけて、自分たちのやっていることを肯定しているのだ。


「君は、幾つなの」


嫌な聞きかたをしてしまった。さっきからオッさんが若い奴に説教しているような上から目線の言い方だった。しかし、内容が内容なだけに、そういう説教じみた言い方になってしまう。


「歳ですか?22ですが」


22歳という年齢は、若いが、もう大人だ。そのいい大人が「悪い人」だからと言って、殺すことを、なんの悪びれも無く仕事としている。

彼らの言う「悪い人」という単語が、ひどく稚拙に感じる。

悪い人に基準はつけられない。

この人たちの使う言葉を借りるのであれば、「対象者」の関係者、つまり家族とか恋人とか友人からすれば、その人を殺した人たちが、「悪い人」とカテゴリーされるのではないか。


「依頼人からは、ありがとうございました、って喜ばれますよ。社会貢献です」


見た目普通の青年が、あっさりとこんなことをいう。ここの人たちは、やっぱりどこかのネジが緩んでいるとしか思えない。


「まだ、迷ってるなら、今度『執行』について行ったらいいですよ」


「大地くん」

突然、こちらに向かって声をかけてくる女の声がした。

ウエーブのかかった長い黒髪、体のラインがぴったり出ている服を着ている女が、こちらを見ていた。高級そうな幾何学模様のブラウスに、高級そうな白のスキニーパンツ。全身ブランド物ですといった格好で、この間事務所にいた『ジバンシイ』と呼ばれていた男の隣にいそうな雰囲気。グラマラスなボディを薫せ、これでもかというフェロモンを出しながら近寄ってくる。強い香水の匂いもついてきた。


マックはその女に向かって軽く手を挙げた。

俺が不思議そうな顔をしていると、


「あぁ、俺の名前、大地って言います。小柳津 大地」


女は俺に目を向けた。少し化粧が濃い目だが、相当な美人だ。


「大地くんが、友達と一緒って珍しいわね。アタシがさそっても全然連れてってくれないし」


「フジコさんこそ、珍しいですね。高そうな店でしか飯食わないイメージですけど」


「今日は本命のダーリンと来てるの。本命には、あまりお金使わせたくないでしょ」


後ろを指差すと、スーツ姿の男の背中が見えた。


「お友達は、全然食べてないわね」


食べかけのドリアを指して、女が俺を見つめる。スプーンを手に取ると、妖艶な仕草でドリアをかき回し始めた。そしてスプーンの半分ほど掬うと、そのスプーンを俺の口に近づけてきた。なんだかわからないが、自然と口を開けて待っている俺がいた。

スプーンが歯の先に当たる、舌の上にドリアが押し込まれる、その最中、女は淫靡な笑みを向けてくる。


「そういえば、大地くんがマクドナルドじゃないのも珍しいわね。今度から『マック』じゃなくて、『ロイホ』ね」


「じゃあ、フジコさんの言う通り、今度からロイホにしますよ。ここなら事務所も近いし」


露骨に嫌な顔をした。


「その『フジコ』って呼び方やめて。澤村のつけるあだ名、ホントにセンスない」


彼女は背を向け、こちらを振り返りヒラヒラと手を振って、スーツ姿の男が待つテーブルに帰っていった。


「まさか、あの人も社員?まさか『フジコ』って峰不二子じゃないよね」


「峰不二子、正解です。所長のあだ名はわかりやすいでしょ。あの人は正社員じゃなくて、非常勤というか、場合によって呼ばれる準社員ですね」


今日は童顔なミントとずっと一緒にいたせいか、落差といってはミントに失礼だが、あの女の大人の色気を余計に感じ取ってしまう。口の中のドリアを飲み込むのを忘れて、テーブルに戻った女に見惚れていた。「浮気はダメだからね」と楓の声が聞こえた気がして、頭を振るった。

顔を上げるとマックと目が合い、キョトンとした目であれを見つめていた。俺は気恥ずかしくなり、頭を掻いたが、口元は緩んでしまうのが止められない。


「浅野さん、まさか気づいてないですか?あの人、男ですよ」


ニヤけ顔が、一気に引く。

今日だけでも、特徴がありすぎる登場人物が多く、頭の中が整理つかない。


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