藤原景子の件(3)
「お屋敷」の中は、案外広かった。
床の代わりに、ダンボールを敷き、ブルーシートを被せた上に、茣蓙を敷いて和室のような雰囲気を醸し出している。姿勢を動かすたびに、ブルーシートがガビガビ音を立てて、うるさいのが難点だったが、ダンボールがクッションになり、尻を落としても痛くはなかった。
驚いたのが、普通にテレビや電気が付いているところだ。小さいが冷蔵庫まである。このジンさんというゴリラが、ホームレスになる前は電気屋を営んでいたらしい。自家発電機さえあれば、こんな設備は簡単に付けられるのだそうだ。廃品から持ってきたのか、低めのテーブルがあり、風呂がないだけで、普通に生活するのには困らなそうだ。
「これはねーちゃんのために、俺たちが作った家だ」
ゴリラは自慢気に胸を張った。
そしてさらに驚いたのが、全員スマホを持っていた。廃品から漁ってきたり、元々持っていたものをそのまま使っている人もいた。電気があるから充電もできるし、ルーターをちょっと工夫すればWi-Fiだって使える。電話は、と聞くと、ジンさんは「流石に無理だ」と大声で笑った。
それにしても臭い。この密閉された空間に、この4人はキツイ。ミントも藤原景子も気にならないのだろうか。
「じゃあ、話すね」
藤原景子が言うと、ゴリラ筆頭に4人が姿勢を正した。
どこから話そうかな、とか彼女が言い淀んでいると、ゴリラは、大丈夫、とか、頑張れ、とか必要以上に合いの手を入れてくる。
「私、結婚詐欺にあったんです」
やっとの思いで話し始めたのに、ゴリラは立ち上がり、
「そりゃー、どこのどいつだ!ここに連れて来い!」
と大声を張り上げた。他の3人が、最後まで聞こう、と宥める。
話の内容は、こうだった。
友達の彼氏の親友ということで、知り合った男と付き合うようになり、プロポーズされた。結婚式の日取りも決め、親の顔合わせをしよういう頃に、彼の両親が借金をしているため、結婚は延期しようと言い出した。結婚式の日取りも決めて、招待状も送ってしまっているため、簡単には延期なんかできない。彼女自身、大手企業に勤めていて、年齢も30歳ともなるとそれなりに貯金も蓄えており、その借金額は、丁度彼女の貯金額と同じだった、よくある話だ。
「今から考えると、親の顔合わせよりも日取りを先に決めるっていうのも、おかしい話だったんですよね。なんで気がつかなかったのかな」
ゴリラは腕を組んで、眉間にしわを寄せ、唸っていた。
「お金目当てだったからって言って、なんでこんなに美人を騙すんだ。詐欺が目的だったかもしれないが、こんな美人がプロポーズして、オーケー出してるんだぞ。詐欺するなら他の人にして、オーケーされたら結婚しちゃうだろ、普通。超高級な押し寿司を、開いて、食わないで、そのまま捨てちゃうのと一緒にだぞ」
ゴリラは押し寿司が好物らしい。そしてそれよりも、もっと好きなのが藤原景子のことだろう。
よくある普通の詐欺話だが、そのあとが酷かった。貯金を全て使って借金を返済したはずなのに、あれやこれやとまだ言い出した。彼女は自分の両親にも借り、彼女の実家の家を担保に借金させ、挙げ句の果てには、彼女の知らないところで、そこで自殺されると価値が落ちるからという脅しもしてきたらしい。結果、両親は借金を返すため、生命保険を使うためにすることと言ったら、一つしかない。彼女は、両親と実家の家も全て失った。それでも、まだ足りないのか、彼女の会社には、嫌がらせのメール、人には見せられない写真などが送られて、彼女は会社にもいられなくなり、家賃も払えなくなり、全てを失い、今に至るという。
「結婚詐欺はわかるけど、会社にメールまでしての嫌がらせのは必要だったのかなぁ」
黙っているつもりだったが、無意識に口から出てしまった。全員が一斉に俺を見る。
「友達もグルだったんです。というか、キッカケは、その友達が私を妬んでいたというか、それでお金だけじゃなくて、私を陥れたかったみたいなんです」
親友だと思ってたのになぁ、彼女は独り言のように付け加えた。理由はどうであれ、女同士の嫉妬は根が深い。
ガタン、またゴリラが我慢できずに立ち上がった。ゴリラがでかいのと、この「お屋敷」の天井が低いのとで、天井のブルーシートに頭が当たり、全体が揺れた。
「じゃあ、一番悪ぃ奴は、その男よりも、その友達の女だろうが!」
「でも、その子も自殺しちゃってるんです。結局、その子も騙されて」
ミントはうつむきながら、ワンピースの膝の部分を握りしめて震えていた。




