ミントの過去(1)
「あれ?今日平日でしょ。決心早いねー」
事務所を訪れると、ふざけた甲高い声で澤村は嬉しそうに言った。
相変わらず所内はマクドナルドの匂いが充満している。見回すと、この間と一緒で、澤村はソファでふんぞり返り、入り口デスクにマックが一心不乱にキーボードを打ち、真ん中の席にミントと、3人とも定位置にいた。
ミントは今日は少女漫画を読んではおらず、赤い大きめのレザートートバックの中身を整理していた。なにやら身支度といったところだ。今日の彼女はフリルの付いた水色のふわふわなワンピースに、異様に小さい7分袖の紺色のカーディガン、つま先に花の飾りがついた赤いパンプスという格好。どう見ても、小中学生にしか見えない。
「ちょうど良かった。今ミーちゃんが内偵いくところだから、一緒についてってよ」
「いや、俺は別にまだ、やるって言ってないんで。それに信じたわけじゃないし」
「疑ってるの?心外だなー」
澤村はわざとらしく泣き顔を作った。
「でも『まだ』なんでしょ。だったら、研修、研修」
やっぱり帰ろうと踵を返すと、身支度の終わったミントが近寄ってきた。
「さあ、行きますよ」
小さい声だが、こちらに有無も言わさない真っ直ぐな視線を向けてきた。おもむろにトートバックから魔法瓶を2本出して、見せつけてきた。
「アイスミントティーです」
なんで俺の分まで用意してあるのだろう。みんなで勝手に俺が来るって決めつけていたのか。
「よおぉぉぉし!期待のニューカマー、その名は『アサシン』ファーストミッション。行けえぇぇぇぇい!」
澤村は立ち上がり、金曜の夜、初めて俺に話しかけてきた時の芝居がかった重低音の声で、むかしの戦隊モノの司令官のように人差し指をこちらに向け、大声で言った。
俺もミントも無表情のまま、無言で澤村を見つめる。所内にはマックが打つキーボードの音だけが響いていた。




