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アットホーム アサシン  作者: オノダ竜太朗
プロローグ
10/74

happy birthday

自分に向ける社員たちの眼が痛くて、何も考えずに飛び出してしまった。また、大の大人が周りの目を気にせず大声で泣く光景もおぞましく、その原因が自分であることの罪悪感、その場に留まっているのは限界だった。


「キレる」ということに無縁の生活をしてきた。たまには頭にくることは人並みにあったが、少し時間を置けば、たいていの怒りなんかすぐ治るものだ。怒りとは、たいてい大きい声や暴力で、自分の意思を押し付けるものだと思っていた。元々価値観の違う他人となんか、うまくいくわけはないし、自分の意思を押し付けたところで理解してもらえるはずがなく、どちらかが折れるしか収束は迎えられない、と思っていた。だから、いつも自分から折れることにしていた。その後、その相手とは距離を置くことにしていた。それが冷静な大人の判断だと信じていた。


その俺がキレた。周りも驚いただろうが、自分自身が一番びっくりしている。怒涛の如く色んな言葉が、途中で噛んだりせずに出てくるもんだと、他人のことのように感心した。

羞恥心、罪悪感、嫌悪感、色んな感情が押し寄せてくる中、爽快感も感じていた。

言いたいことを言えない自分が、他人の目を気にせず相手を罵倒して、体の奥に詰まっていたものが全部出し切れたというか、体感としてもなぜか体が軽くなった気さえしていた。


そうは言っても、今更会社に戻り、何事もなかったようにできるはずもなく、なにせ「キレた」のが人生で初めての経験なので、この後の対処の仕方がわからない。


気がつくと地下鉄に乗っていた。

スマホを見ると、小林から14回も着信があり、LINEも来ていた。


(すみません。僕のせいで。戻ってきてください。とにかく電話ください)


今更戻ってもバツが悪い。地下鉄にも乗ってしまっている。LINEで返事をした。


(お前が悪いわけじゃないから大丈夫。俺はもう会社辞めようと思う)


すぐ返信があった。


(あんなババアのことで、浅野さんが辞めないでください。さっき僕も頭来てて、辞めるって言いましたけど、俺辞めないんで、浅野さんもこんなことで辞めないでください)


なんて返したらいいか、わからなくなった。

東京メトロは池袋方面に向かって揺れている。

俺は小林への返信はせず、代わりに妻にLINEした。大まかな内容を伝え、仕事を辞めたくなった、と打った。


これで妻に怒られれば、気がすむだろう。会社では、俺が妻に尻を引かれていることはみんなが知っていることだから、「いやー、妻に怒られちゃいましたよ」なんて言えば、会社に戻る理由ができるかな、と他力本願な自分が顔を出した。


数分して妻からの返信。


(やったー。すごいよ、シンちゃん)


続いて、なんかのキャラクターの犬が、クラッカーを鳴らして紙吹雪が舞っているスタンプが送られてきた。


なぜか「happy birthday」と書かれたスタンプだった。妻の選ぶスタンプは、いつも謎だ。


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