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死神と完全変態する私  作者: くにたりん
第4章 ファイナルコール
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第42話 アモルの贈り物

 アモルは眉一つ動かさず、スペースを見下ろしている。


「二人を説得する自信はあるのか?」


 納得がいかないスペースは、アモルから手を乱暴に放すと、口を尖らせながらボソボソと口ごもる。

 

「まあ……手強そうだけどさ。でも……なんか方法あるだろ。くそっ」


 項垂れるスペースの頭に、アモルが大きな手をポンと乗せたかと思うと、ゆっくりとジーンと百合子に近づいた。


 アモルはジーンの前で静かに立ち止まり、今まで見せたことのない微笑を見せる。それは、死神としてではなく、一人の兄としての顔だったように思えた。


「――リアンノン。お前は、それでいいんだな?」


「はい」


「そうか。では、その時まで健やかに暮らせ」


 そこで、次男坊のスペースが滑り込むように、長兄と末っ子の間に割り込んできた。


 ジーンの悟りきったような笑みを睨んだ後、いつもの無表情に戻ったアモルに向かって、こちらも珍しく唸るように怒鳴った。


「何、勝手に終わらせてんだよ!」


 と叫んでみたが、話の決着はついていた。


 スペースの半目が、いつも以上に細くなっている。あまり負の感情を表に出す方ではないが、なんとも複雑な表情で黙り込んだ。


 アモルとジーンは風貌こそ違うが、スペースに比べると共通点が多い。何かとスマートだし、二人の落ち着いた物腰や言動は、死神としての尊厳を守っている。


 次男の言葉を借りれば、陰気な二人ということになるが、真ん中に陽気なスペースがいることで、三兄弟はいい具合に調和できていた。


 いつの間にか、損な道化の役を演じることも含めて、スペースは自分のポジションを理解している。が、それが寂しくなる時もあるのだ。


「アモル兄さん、それにスペース……ありがとう」


 ジーンは心の底から喜んでいるのが分かるから、スペースは余計に悲しくなる。開き直ったというか、腹を括ったというか。そんな顔をされたら、トーンダウンせざる終えない。


「いやいや、そうじゃなくてさ……」


 終始、黙って兄弟の話を聞いていた百合子は、ジーンの背後で、スペース同様に複雑な心境に陥っていた。


「良かったら、式に来てくれないかな? 空から見ているだけでいい。場所と日時は、古くからこの地にいる精霊にお願いしてある。パラディも、その方に預けてきたところなんだ」


 アモルはただ頷き、帰り支度を始めた。白い手袋を両手にはめながら、「そうか。考えておこう」と思ったより笑顔で答えた。


 反対に、アモルを睨むスペースの顔は、ずいぶんと人相が悪い。


「俺は、嫌だね」


 支度を終えたアモルは、「心配するな。少し拗ねているだけだ」と言って、ジーンをねぎらうように微笑した。


 スペースは背中を向けたまま、振り返ろうともしない。


 アモルはスペースの肩を叩き「仕事だ。戻るぞ」と声を掛けた。そして、ジーンの横を通り過ぎ、深刻な顔で黙り込んでいた百合子に近づいた。


 至近距離に来たアモルに、百合子は驚きと何かしら不安を感じた。


 アモルは燕尾服のポケットに手を入れると、手品でも見せるように、明らかにポケットより大きな木箱を取り出した。


「私からの祝いの品だ」


 そう言って、百合子に差し出した。


 両手に乗るくらいの大きさで、見た目からして高価なものには見えない。アンティークだと言われれば、趣を感じない訳でもないが、アモルからだと思えば、ただのプレゼントでもなさそうだ。


 だが、思いがけずアモルから受け取った贈り物に、先ほどまでの憂鬱が嘘のように晴れていくのを感じ、口元に笑みが戻った。


 アモルは紳士らしく、優雅に会釈すると、スッと百合子の耳元に唇を寄せた。


「一人の時に開けるように」


 百合子は嬉しさに震えながら「分かりました」とアモルに言った。


「では、また近いうちに」


 アモルはハットのつばを優雅に持ち上げ、会釈した後、駄駄を捏ねるスペースの肩を掴んで、指先を鳴らしかと思うと、あっという間に姿を消した。


 箱を開けたそうに喜ぶ百合子を見ながら、ジーンは眉を寄せた。


 確固たる自信も理由もないのだが、アモルの残した木箱を見て、無性に胸が騒つく。


 長兄があっさりと身を引き、笑顔もセットで二人に理解を示したことにも驚いていた。


 何より気になるのは、百合子に何を囁いたのか、その木箱は何なのか。


 それを百合子が知るのは、翌日のこと。

 ジーンが全てを知るのは、もう少し先の話になる。

読んでいただきありがとうございます。

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