第27話 丘を越えて その2
アウローラが言うには、この砂漠には時々人が現れては、泣きながら彷徨っているそうだ。その度に、家を壊され困っていることも。
そして、今日初めて自分の言葉に耳を傾け、破壊に対する謝罪を聞いた、と大層喜んでいるらしい。
百合子がびっくりするくらい、アウローラは高くジャンプした。分かりづらいが、アウローラは百合子の訪問を喜んでいるのだ。
「たまに見かける迷える子羊たちは、冥府への道を見失った人間たちに相違ない。死神の迎えから逃げようとしたかなんかじゃないか? アレでは列車はやってこんし、泣くしかなかろう」
――冥府。切符。列車。そして、砂漠。
「この近くに海はありませんか?」
どうしてそんな質問をしたのか、自分でも分からない。
「あるよ。ここからはちょっとばかし離れてるけどね。行ったことあるのか?」
「いいえ……」
本当は、「ある」と言い切りたい。でも、根拠となる記憶には鍵を掛けられた日記のように、ページを開くことができなかった。
「まあいい。ここにいるということは、お前さんは半分、屍人に片足をつっこんでおるわけだ。その様子では――逃げた、わけではなさそうじゃな。死神とはぐれてしもうたか」
屍人。
確かに百合子は、そちら側にいるのは間違いない。
ジーンの持つ媚薬フランマによって、肉体は再生してもらったが、人として新しい生を授かったわけではない。
ただ、屍人と呼ばれることには、少しばかり抵抗がある。生前では感じることがなかった、生きていると実感しているのは今だから。
「冥府への切符――叶うなら、その切符を買いたいのですが」
アウローラは首を傾げて、百合子を見た。
人の造作と違うせいか、ウルサ以上に表情が読みづらい。
大きな耳をぷるぷると震わせた後、アウローラは百合子を嘲笑するように、小さな鼻を鳴らした。
「おかしなことを言う娘だ。切符は買うものではない。アレは死神しか持ち得ないもの。お前さんの切符は、迎えにきた死神が持っているだろうよ」
多少がっかりはしたが、そもそも、今は、ジーンを探し出すことを優先すべきである。
この砂丘の向こうだと、ウルサは話していた。しかし、もし、そうではなかった時、百合子は再びジーンを探しに行く自信はない。砂丘の先を見るのが、少し怖かった。
アウローラからすれば、人の子の苦悩など知る由もなく、知ったところで百合子の事情など関係ない。
へたり込んでいる女の前で、突然ペロペロと前足や背中を忙しく舐め始めたことも、この件とは全く関係ない。
毛づくろいに満足したのか、気分良さげなアウローラ。最後にペロと前足を舐めると、ふんふんと嬉しそうに鼻を鳴らして言った。
「早く会いに行けばいいのに。それがお前の願いなのだろう?」
時として、真理はシンプルな答えの中にあるものだ。
単純明快な解決策に、百合子の顔も上がる。
砂の中で暮らしているという、この大きな耳のアウローラも、ウルサ同様に何か役割を持って、ここにいるのだろう。偶然は必然。
百合子が玄関を壊してしまったのも、これを聞くための布石だったのかもしれない。
「そうですね。おっしゃるとおりです」
「急に元気を出しおったな。さっさと行ってくるがいい」
「はい、行ってまいります」
読んでいただきありがとうございます。
そろそろ、、、出てきますかね。




