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死神と完全変態する私  作者: くにたりん
第3章 エコール
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第23話 時空カフェ その2

 意を決して語り始めようとしたものの、向けられた一同の視線が痛い。そもそも、神のたぐいにある三人が、か弱い人間の感情を汲み取り、理解を示してくれるのかも怪しい。


 カウンターの中で鼻歌混じりに、何かを作っていたヴァニタスが手を休め、朗らかな顔を上げた。


「僕から、ちょっといいですか?」


 落ち着いた声音こわねに、百合子は期待に胸を膨らませた。


「お嬢さんは、今、岐路に立っているのでしょう? 道を選ぶ必要があるわけだ」


「他に手立てがないのであれば、そうなんでしょう」


 他人事のような言い様に、メトゥサ少年は目を細め、美少女パッシオは片眉を上げた。息もピッタリ、互いに顔を見合わせる。


 ヴァニタスは少年少女の悪態を制するように、苦笑しながらも話を続けた。


「選ぶポイントは、君が彼をどう思っているか、ですよ」


「スペースさんにも、同じことを言われました」


「正しい選択の存在なんて、確かめようがありませんけどね。ただ、自分の気持ちに素直になったほうが、後悔は少ないですよ」


 カウンターに頬杖をついて、百合子を眺めていたパッシオが口を挟む。


「知り合ってどのくらい?」


「半年くらい、です」


 そして今度は、こまっしゃくれたメトゥサが鼻で笑って言った。


「笑止。半年も経って、まだやっていないとはね」


 柔らかそうなメトゥサのほっぺに、パッシオの白くて細い指先が、槍のようにのめりこんだ。


「いっってええ!」


「お前が言うな」


 メトゥサは顔をムスっとさせ、指で突かれた頬をさすりながら黙り込む。


 仕切り直しに、パッシオはこぼれるような笑顔を百合子に向けた。


「愛と恋、二つは似ているようで、全然違うものだってこと、あなた分かっているのかしらね」


「思いの深さというか……そういう違い、と言う意味……ですか?」


 茶々を入れずに済まないのか、メトゥサは百合子を横目で流しながら、


「え、そこから?」


「お前が言うな。童貞のくせに」


「うるさいな! 横から口を挟むなよ!」


 姉弟の口喧嘩にも見えなくはないが、話が頓挫してばかりの様子を見かね、カウンターからヴァニスタが二人をたしなめる。


「こらこら」


 静かになったところで、百合子が思い出すように、ポツリポツリと話し始めた。


「若い頃に一人だけ、好きになった方がいました。振り向いては、頂けませんでしたが」


 カウンターに身を乗り出したパッシオの目が、爛々と輝き始めた。


「やだ、その話すごく興味ある! ね、やっぱり悲しかった? 辛かった? 死にたくなった?」


 人生をこじらせた原因でもある話を、これまで誰かに話しことはない。いい気分になる展開ではないが、聞いてもらえるというのは、不思議と悪い気はしなかった。


「まあ、悲しかったですよ」


「ねえ、何が悲しかったの? 話してよ」


「私は……愛される価値のない女なんだ……って思い知らされたような気がして」


「やだぁ、可哀想ぉ。愛されたかったのね」


 眉を八の字にして、口をすぼめていても美しいパッシオの顔。だが、そこに棘があるように百合子は感じ、会話に少し嫌気を起こした。


「いけませんか?」


 女同士が話している間も、カウンターの中で手を動かし続けるヴァニタスが、微笑を浮かべながら、百合子に答えた。


「愛されたい。そう思うことは自然なことですよ」


 メトゥサ少年に「チョロい」と言われそうだが、百合子はヴァニスタの同意に、思わずゴクリと喉を鳴らした。


 上気した百合子の横顔に、パッシオが心地よい歌でも聞かせるように、軽やかに言葉を投げる。


「恋しちゃうと、彼に求めてしまうのよね。私を見て欲しい! 好きになって欲しい! 側にいて欲しい! 恋する乙女なら誰しも願ってしまう、正直で真っ当な気持ちだわ。分かるわよぉ」


「恋い焦がれている女性というのは、本当に可愛らしいものです」


 パッシオは空笑いするヴァニスタに目を据えたまま、カウンターを二度ばかり強く叩いた。


「黙ってて! あんたが言うと胡散臭いのよ!」


「えぇ、もうひどいなぁ」


 パッシオは忌々しそうに男に舌打ちしたかと思うと、今度は一面の曇りない笑顔を百合子に見せた。


「でぇ? 彼は他の女を選んじゃったのね?」


 胸がチクチクするようなパッシオの質問に、百合子は眉を寄せ、首を小さく縦に振った。


「そう。さぞや悔しかったでしょうね」


「これでも心から愛していたつもりですから……」


「あのね、見返りを求めたりしないのが愛なの。だからって、あんたが彼に求めた気持ちを、私は否定したりしないわよ」


「ごめんなさい……おしゃっていることが、よく分かりません」


「彼の幸せを祈ることが出来たのなら、それが愛ってものなの」


 いつの間にかパッシオの口調は百合子に語りかけるように、一言一言を大事にしながら話しているのが伝わってくる。


 自分が介在することを許されなかった二人のために幸せを祈ることなど、百合子には考えられないことだ。考えられなかったから苦しんだのだ。

 

「分かる。難しいのよ。求める恋から与える愛に変えるのは」


 パッシオは顔面蒼白となった百合子をチラリと見て、少し考えるように間を置いて、言葉を継いだ。


「愛には技術が必要だって、あなたの世界の誰かも言ってたっけ」


 それまで黙って聞いていたメトゥスが、隣に座る哀れな元二十六歳を見て、ニヤッと含みある微笑を向けた。


 ゆっくりと唇を百合子の耳元に近づけると、これまでになく優しく囁いた。


「ここで質問です。男の幸せを願う? それとも本能に従う?」

読んでいただきありがとうございます。


それからブックマークをつけて頂いた方へ、この場をお借りして。

ありがとうございます。

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