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死神と完全変態する私  作者: くにたりん
第3章 エコール
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第22話 時空カフェ その1

 ぼやいても仕方がないので、誰もいない校舎を出て、校門へ向かって歩いている。


 校庭は朱に染まり、無駄に雰囲気だけはある。


 百合子は校門の向こう側を見据えながら、校庭の真ん中で立ち止まった。


「自分の家で考えては駄目なのかしら……」


 誰がいるかも分からないカフェに入ることに、二の足を踏んでいる。胸の奥から、じわじわと広がってくる緊張感が心臓を圧迫し始めた。


 一刻も早く打開策を見出し、この空間から抜け出すには、スペースの指示に従いカフェに行くしかない。


 溜息と同時に、右足をゆっくりと一歩前に踏み出す。砂交じりの校庭は、小石や砂粒のせいで足の裏に小さな痛みが走った。


「そうだった……私は裸足のまま、連れて来られたのだったわ」


 校門を出たところで、再び足が止まった。


「なんなの……一体」


 眼前には、大草原が広がっている。地平線まで一本の木もなく家も何もなく、ただ緑の草原が無限にも思えるほど続いていた。


「い、意味が分からないわ」


 そこに唯一出現している建造物、カフェの存在も理解できない。豆腐のように正方形で、無機質な白壁の建物がある。


 百合子は嫌気を示すように、思いっきり目を細めた。


「看板もない、窓もない。あるのは扉だけ……何故、扉だけ高級そうなオークなのかしら」


 立派な扉の前まで進み、百合子は大きく深呼吸した。


 覚悟を決めて、ゆっくりとドアを押し開くと、すぐに穏やかな男の声が店内に響いた。


「いらっしゃい」


 カウンターの中に立つ青い髪の男が、にこやかに百合子を出迎えた。バーテンなのか、白いシャツに細く黒いネクタイをゆるく締め、艶のある黒いベストを着ている。


 視線は一つではなかった。


 男と対面するように座る赤い髪の少年と、カールがかかった金髪のショートカットが似合う美少女が、百合子の方をじっと見ていた。


 言葉を失っていた百合子に、男が声を掛ける。


「こちらへどうぞ。お待ちしてましたよ」


 百合子は後ろ手で扉を閉めると、木の床の上を一歩一歩確かめるように歩き、促されるままカウンターへ近づいた。


 店内には、この三人しかおらず、彼らの背後にあるテーブル席には誰もいない。どこか懐かしさを感じる、振り子時計や品の良い調度品に少し心が和らぐ。

 

「コーヒーでいいですか?」


 客の返事も待たずに、男は既に用意してあったカップにコーヒーを注いでいる。とりあえず、百合子は小さく頷き、赤い髪の少年の隣に遠慮がちに腰掛けた。


 少年はくりくりとした大きな瞳が愛らしく、ランドセルが似合いそうな年頃に見える。


 可愛い顔に不似合いな仏頂面で百合子を一瞥しただけで、カウンターの中の男に言った。


「っていうか、コーヒーしかないじゃん」


 青い髪の男は、どことなくジーンに似ている優しげな顔立ち。少年の言い放った言葉に苦笑いすると、百合子の方へ体を向き直した。


「百合子さん? でしたよね?」


「はい」


「僕らはスペースに召喚されて来ています。話は彼から聞いていますよ」


「皆さんは……どこからいらしたのですか?」


「冥府です。はい、どうぞ」


 男は百合子の前に、慣れた手つきでコーヒーカップを静かに置いた。


「ただ、我々三人は死神ではありません。悪魔と天使が混在していますが、ご心配なく。誰が悪魔で、誰が天使か、だなんて、野暮なことは聞かないでくださいね」


「……分かりました」


「僕はヴァニタス。あなたの隣にいる、その可愛らしい少年はメトゥス。そして」


 少年の奥に座っていた金髪の少女が目を輝かせながら、カウンターに身を乗り出してきた。白い夏物のワンピースは、スレンダーでありながら豊満な胸元をより強調している。


「私はパッシオ。恋愛相談なら任せてちょうだい。いくらでも手を貸すわよ」


 ヴァニスタはカウンターの中から、暴走気味のパッシオに、あくまで穏やかに柔らかく釘を刺した。


「ダメだよ。手を貸すなんて。僕らの仕事は、彼女の話を聞いてあげること。スペースにそう言われただろ?」


 パッシオと名乗った少女はヴァニスタを指差しながら、不満を露わにして声を荒げる。


「はあ? まず、スペース様の呼び捨て禁止。それに、あんたの上っ面だけの笑顔も、クソにも役に立たないアドバイスも全く必要ないの!」


「まったく言いたい放題だね。いいんだよ。使い魔の君と、幼馴染の僕とでは領分が違うんだから」


 陰険な睨み合いを遮るように、赤い髪のメトゥス少年が呆れた顔で口を挟む。


「話が進まないんだけど」


「いい子だね」


 温和な笑みを口元に浮かべ、ヴァニスタは腕を伸ばし、メトゥサの艶やかな赤い髪を撫でようとした。しかしながら、寸でのところでメトゥサに手を払いのけられる。


「気安く触らないでくれる? 子供扱いは勘弁して欲しいよ」


「これは失礼」


 伸ばした手を素直に引っ込め、ヴァニスタは無関心を装うメトゥサと少しふてくされた美少女、パッシオの両者を交互に見て、朗らかに言った。


「では、彼女の話を聞こうじゃないですか、皆さん」


 居心地が悪そうに座っている百合子に、パッシオがメトゥサの頭越しに冷ややかな視線を送る。


「あなたもずっと黙っていないで、積極的に話に入ってこなきゃ。ちょっと暗いんじゃない?」


「……ごめんなさい」


 確固たる自信を持ち、生き生きとした少女の溌剌はつらつとした物言いは、百合子を萎縮させるものがある。癖になっているのか、シュンとなるとうつむいてしまう百合子に、ヴァニスタが優しく声を繋いだ。


「僕は嫌いじゃありませんよ。その奥ゆかしさは美徳でもあるんですから」


 百合子はポッと顔を赤らめる。


 メトゥサは跳ねるしずくも気にせず、自分のコーヒーに角砂糖をポトン、ポトンと幾つも落としながら、鼻であしらうようにボソッと言った。


「ちょろいね」


 間髪入れずに、パッシオがメトゥサの肩を揺らす。

 椅子が激しくガタガタと鳴っている。


「メトゥスったら! レディに失礼じゃないの!」


 メトゥサは動じることなく、パッシオをさげすむように見遣りながら、愛想のない声で滑らかに舌を回した。


「男に優しくされたからって、すぐに赤面しちゃう女は、ちょろいんだよ」


 低俗な言い争いに業を煮やした百合子は、良くも悪くも、すっかり気が抜けていた。


「私、話してもいいですか?」

読んでいただきありがとうございます。


三人の名前もラテン語です。

それぞれの役柄を示しています。

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