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死神と完全変態する私  作者: くにたりん
第2章 リコール
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第21話 時空の狭間 その2

 誰もいない校舎と分かっていても、不自然に感じる静けさ。

 夕陽に赤く染まる保健室に、死神と二人。


 捉えどころのない奇妙な違和感を感じながら、白衣を着たエセ教師を見据えていた。


 スペースもボールペンを回しながら、百合子の一挙一動を見ている。


「ごちゃごちゃ説明するのは、しょうに合わないからさ。ざっくりと話そうかね」


「私もその方がありがたいです。枕は不要です」


 ニヤついた三白眼の男に乗せられないよう、百合子は一言一句を聞き逃すまいと耳を立てた。


 緊迫した表情の百合子とは反対に、スペースは椅子の背もたれを気まぐれに揺らしながら、キコキコと音を鳴らしている。


 わずかな空白。


 待ちきれずに百合子が口を開こうとすると、エセ教師は椅子を揺らすのをピタリと止めた。前かがみになり、百合子の顔を覗き込む。


「ずばり、君たちカップルに残された、地上での時間は四十五日。冥府に行くなら別だけど」


 それが何を意味するかというと、二人が共に、この夏を迎えることなど、夢物語だったということ。百合子は両目を大きく見開き、膝の上で重ねていた手でスカートをぎゅっと握った。


「あいつはね、君を生かすために、死神だけが持つフランマ、という権利を行使したんだ。これは自分の生を、他者に移行できる、まあ、いわゆる慈悲ってやつでね」


「慈悲……ですか」


「そう。でもさ、まさか全て渡すなんてことは、通常ではあり得ないのよ」


 神と言えども、死神にも寿命がある。その代わりというのも可笑しな話だが、死神だけが持つ媚薬を飲ませた相手にのみ、自分の生命を分け与えることができるらしい。


 ジーンはアモルやスペースとは異母兄弟であり、人間の母を持つ彼は兄弟と比べて短命とされていた。その上、百合子を若返らせ生かすために、ジーンは自らの命を惜しみなく使っていることになる。


「ふうん、あんまり驚かないんだね」

 

 表情には出ていなかったかもしれないが、そんなことはなかった。話の途中から、百合子の目線は気分と一緒に床へ落ちている。


「驚いていますよ……私が、彼の命に生かされていたという事実に」


 スペースの話というのは、元の鞘に戻せ、ということなのだろう、と察しはついた。とどのつまり、早く死んでくれ、ということ以外、百合子が思いつかないのも道理である。


 命を分けるなど、人の身で理解出来る範疇ではない。おぼろげに感じていたジーンのはかりごとに触れたようで、百合子は己の無力さに愕然とした。


「私が身を引けば、彼は現世に留まる必要もなく、彼の余命は長くなる。そういうことですね」


「そうそう。そうなのよ」


 先ほどまでの凜とした表情が、百合子の顔から消え去った。麗しい乙女の顔の裏側にある老齢さがにじんでくる。


「ありゃ、悩んでる?」


 思いの外、静かなスペースの声音に、百合子はゆっくりと顔を上げた。


「君は育ちがいいんだろうな。家紋に恥じない生き方を心得ている。その矜持きょうじは高く、礼儀もわきまえている。頭もいい。それに、なかなかの美人ときた」


 慰めにも似たスペースの言葉は、落ち込んだ自分への甘言。そう感じた。百合子は無表情を顔に貼り付け、ぷいっと横を向く。


「買いかぶりです」


 スペースは再び椅子をキコキコと無作法に鳴らしながら、両手を頭の後ろで組んだ。


「なのにさ、どーして、ここまでこじれちゃったんだろうね。不思議じゃない? その気になれば、それ相応の男の一人や二人、捕まえるなんぞ雑作ぞうさもなかったでしょ。まあ、すきがないってぇのも、原因の一つかもしれんけどね」


 自分で言うならともかく、他人に女としてのランク付けをされた気がして、思わずスペースを睨んだ。


「初対面のあなたに言われなくとも、そんなことは百も承知です」


「そういう自虐はよくないぜ。自分はダメだと言い聞かせてりゃ、失敗も苦労もないし、傷つかずに済んで楽だろうけどさ。舞台に上がんなきゃ、折角の才能も美貌もスポットは当たらないよ?」


 最後にトドメを刺すように顔を指差され、百合子は眉間にシワを寄せた。


「あの……私を傷つけるために、連れてきたわけじゃないですよね?」


「そう怖い顔をしなさんな」


 三白眼の男に閉口する一方で、百合子の頭の中にはジーンの笑みが浮かんでくる。その身で覚えている幸福感を侵食してくる罪悪感に顔が歪んでくる。


「でね? 話を戻そうか。あいつのこと好き? 愛してる?」


「またそれ……」


「そーよー、ここね、すっごく重要なのよ」


「考える必要、あるんですか?」


「あるともさ。分からなければ大いに悩め。ま、答えはなるはやが希望だけど」


 悩んでいた。

 そして、後悔し始めていた。


 一呼吸一呼吸するたびに、彼の命が削られていることを知った今、一刻でも早く、スペースに身柄を渡してしまうべきだろう、と百合子は考えた。


 一方で、仮初めのせいだとしても、叶うことならば、残り少ない日々をこのまま二人で過ごしたい、と思わずにいられない自分もいる。


 黙りこくった百合子に、スペースが声を掛ける。


「まずは、自分の気持ちを知ること。それが分かれば、おのずと答えが見つかるはずだよ。でさ、どうするか決まったら俺に教えて。なるはやで」


 やんわりとだが、スペースは百合子に自分で決めろ、と言っているのだ。困った顔を百合子が向けるも、要件が済んだスペースには関係ない。


「俺は忙しい男だから、もう行くよ」


 スペースは椅子から立ち上がり、着ていた白衣のボタンを外し始めた。


「ああ、そうそう」


 思い出したように、スペースが百合子に振り返った。


「答えが出るまで、この空間から出られないから」


 白衣を椅子の背もたれに投げたスペースを引き止めようと、百合子は丸椅子から腰を浮かした。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 スペースは瞳にかかる黒髪を搔きあげると、立ち上がろうとした百合子の肩に手を置いた。


 なんとも爽やかな笑顔を見せながら、尋ねてもいないことを百合子にき始めた。


「いいかい? この後、君は校舎を出て、校門を目指すこと。この学校のすぐ目の前にあるカフェに行くといいよ」


「一人で?」


「もちろん。超お勧めだから」


 そう言って、スペースはピースサインを額に軽く当てながら「アデュー」と百合子に挨拶すると、戸惑う百合子を保健室に残したまま、あっさりと姿を消してしまった。

また日が空いてしまいましたが、日々更新を心がけます!

評価いただいた方、ありがとうございました。頑張ろうと思いました(´;ω;`)

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