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死神と完全変態する私  作者: くにたりん
第2章 リコール
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第20話 時空の狭間 その1

「つーことで、行きますか」


 スペースは組んでいた腕をほどくと、ソファからゆっくりと立ち上がった。


 完全にジーンの存在を無視して、座ったままの百合子を見下ろし微笑んでいる。


 ふと百合子に差し出されたスペースの手の所作は、しつけが行き届いているのだろう。とても優雅で美しく見えた。


 が、それはそれとして、百合子は反射的に両手を胸の前で交差させた。スペースの手から逃げるように、ソファの背もたれに背中を押し付ける。


「あらら、嫌われてるなあ、俺。これでも結構、紳士な方だと思うんだがなあ」


 スペースはあっさりと手を引っ込め、肩をすくめてみせる。


 視界に入れずとも伝わってくる、綺麗な顔で睨み、無言で示すジーンの強い拒絶。スペースは、全く気にしない。


「すぐに戻してやるよ。ちょいとばかし、お嬢さんをお借りするだけだから。二人っきりで話がしたいのよね」


「許可できませんね」


「戻す、って言ってるだろ? 悪いようにはせんよ」


 パラディを使って、百合子を亡き者にしようとした前科がある兄の言うことなど、誰が信じられるだろう。不信感でいっぱいのジーンと、余裕すら感じるスペースの呑気さが対照的だ。


 美しい死神の兄弟に挟まれながら、百合子はスクッと立ち上がり、ジーンに向き合うと柔らかな眼差しを向けた。


「私、行ってくるわ」


「君の聡明さは、実に麗しい」


 背後からスペースの声が聞こえたかと思うや否や、百合子は振り向く間もなく、スペースに腰を抱き寄せられた。


 瞬間的に息を吸い込み、腹を凹ませたのは乙女だから。かつては少食だった百合子も今では、幸せ太りという罠に足を踏み込んでいたせいだろう。


――ぷよぷよしている……と思われたかしら?


 憂慮すべき点はそこではないことに、百合子はすぐに気づいた。抱きかかえられたまま、自分の裸足の足元を覗いてみる。


 床から頭一つ分ほど、体ごと浮いているではないか。


 驚いて顔を上げると、飛び込んでくるようにジーンが腕を伸ばしているのが見えた。


 咄嗟とっさに、百合子も指先を伸ばしたが、互いの指先は僅かに届かなかった。


 パチン、と甲高い音が響く。


 スペースが指を鳴らした瞬間、慌てふためいたジーンの顔を最後に、残像も残さず百合子の視界からジーンが消えた。


 正確には百合子が消えた。


「え?」

 

「いらっしゃい! 趣味全開で申し訳ないんだけどお、相談、と言えば」


「……言えば?」


 そこは別世界だった。


 西日が差し込む窓際には無機質な机があり、スペースは医師のような白衣を着ている。天使のように邪気のない笑みを浮かべ、安っぽい回転椅子に足を組んで座っていた。


「古今東西、相談と言えば夕方の保健室と相場は決まってる。シチュエーションは大切かなあ、と思ってね。どう、これ?」


「そういうものですか……」


 スペースが対話の場に用意したのは、学校の保健室らしい。人間の百合子からすれば、これは壮大なおふざけだ。


 背もたれのない丸椅子に座るように言われ、百合子は辺りを見渡しながら、スペースが見守る中、ゆっくりと腰をおろした。


 頬を照らす夕暮れ時の学校。それは、遠い過去にあった瞬間の煌めき。百合子の中に残っていた、セピア色のモラトリアムの時間に触れた気がした。

 

 昔々の出来事に想いを馳せ、心ここにあらず。クスクスと聞こえてきた笑い声に、百合子はハッとする。


「でね? 今日は君に相談したいことがあるんだ。なんとなーくは、このまま幸せが続く、とは君も思ってないだろう?」


「はい」


 ジーンが話していた、いつか来る日のこと。二人で暮らせる時間には限りがある、そう最初に言っていたこと。百合子が触れないようにしてきた話である。


 ノスタルジックな思い出など、どこかへ消えてしまった。なんとはなしに、良い話ではないことが想像できた。


「あいつのこと、好き?」


「嫌いでは……ありません」


「なに? その煮え切らない返事。あいつは君に熱烈なラブコールを送っているように思えるんだけど。君も同じ気持ちじゃないの? 俺の勘違いなのかなあ」


「急にそんなことを聞かれても……答えられません」


「じゃあ、なんで君はあいつと一緒に暮らしているの?」


「彼の真意は図りかねますが、気まぐれかも……しれませんね」


 あのジーンの甲斐甲斐しさが、優しさが、全てが気まぐれであれば、百合子は絞首台に自ら一歩を踏み出すしかないだろう。そんはずはないのだ。


「俺はさ、君のことを聞いているんだけどね?」


「お兄様に関係のない話では? 私、もう帰ってもよろしいでしょうか」


 スペースは机の上にあったボールペンを拾うと、起用に指先で回しながら言った。


「それは戦略的撤退ですかぁ?」


 嘲笑うようなスペースの視線が、百合子に注がれる。


「あいつはさ、俺にとっても大事な家族の一人なわけよ。このまま見過ごすことはできない、って気持ち。理解してくれるよね?」


 言葉どおりなのか、なんとも怪しい。


 百合子は少し間を置いてから、スペースに挑むことに決めた。


「私にどうしろと?」

読んでいただきありがとうございます。

放課後の保健室、もっと色気のある展開に使いたかった気もしますが。

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