小さな戦い
それから数週間経った。
「おはようございます!ご主人様!朝ごはん出来てますよ!」
ガタッという音と共にアルナイルが朝の挨拶を告げる。男はいつも屋根裏でひっそりと座ったまま眠る。そのため挨拶をしようと思うなら態々屋根を持ち上げないとならないのだ。
ちなみにアルナイルにはちゃんとした部屋に、ちゃんとした家具があったりする。
「あぁ、おはよう。いただこう。それと、今日は帰るのが遅くなるから好きにしていてくれ。」
「はいです!」
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「今日も頑張りますよ!」
握り拳を二つと今日も気合い十分だ。それに今日は少しだけ普段とは違う所がある。それは、彼女の主人が暫く帰ってこない事だ。と言うのも、彼女が主人を嫌っているのでは無い。家事全般を任せられている彼女だが、一部屋だけは、立ち入ることを禁じられていた。その部屋を男は、武器部屋と呼び、男の命とも言える部屋だ。もちろんそこには血沼の死神たる道具が全て詰まっている。
「お掃除なので、仕方無いです。」
だがアルナイルは、好奇心と言うのを抑えられない様で遂にその部屋の扉を開けてしまった。
「これは…?まさか…いえ…そんな…いえ、決めつけるのはダメよ、アル。とりあえずお買い物に行きましょう!」
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「♪にんじんさんと〜だいこんさんを〜」
すっかり気持ちを切り替え、呑気に歌を歌いながら買い物をする。
「♪小さく切って〜……切る?ナイフで?あわわ……」
そうでも無いようだ。
そして、余計な事を考えたせいで、後ずさった所、道行く人とぶつかり尻餅を付いた。運命の悪戯と言うべきか、今日の彼女は頗る運が悪いらしい。その目を覆う髪が靡いてしまった。
「あてて……」
「何故……神への冒涜者が平然と街中に居るか……」
一言一句を噛み締めるかのように口走るは、天々信仰教会の信徒であった。
「冒涜者たる貴様らが何故我ら人と同じ様に生活しておる!この私がその首跳ねてやる!」
信徒は、手に持つ錫杖を高々と上げ振り下ろす。
「キャッ!?」
アルナイルは咄嗟に目を閉じてその時を待つ、しかしどうやらその時は訪れない様で、ゴトッ、っというと言う音の後に、グチャリ、と生々しい音が響いた。
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謁見の間にてー
「ー以上だ。」
「ウムウム、早かったゾェ、此度もご苦労ゾェ。この後、王宮でパーティを行うゾェ、お主も参加するゾェ。」
「断る。既に予定があるのでな。用が済んだなら俺は帰るぞ。」
と言って男は去ってしまった。
「ウム…あの奴隷を手にしてからあの男は、どうやら奴隷如きにぞっこんの様ゾェ…」
「うぅうぅむ、あやつらは、何も考えず命令に従っておけば良いのだ。それが拾ってやった儂に対する恩返しよ。」
「余計な事を考える前に、早めに対応すべきゾェ…」
宰相の呟きだけが、だだっ広い部屋に響いた…
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男はというと、思いのほか早く片付いたので、街へ降りて行きアルナイルへのお土産でも買うかと意気込んでいた。そこへ騒がしい声が聞こえる。
「冒涜者たる貴様らが何故我らと同じ様に生活しておる!この私がその首跳ねてやる!」
「キャッ!?」
気付けば男は飛び出して、信徒の首を跳ねていた。
「跳ねられるは貴様の首だ。俺のものに手を出すな。」
殺気の籠った静かな声に、少女は漸く目を開く。
「ご主人様…」
「アル、大丈夫か?」
「はい。お陰様で何ともありません。」
アルナイルは、平然さを取り繕う。
「そうか、ならいい。」
そして男は、一つ決意する。
「このような事が、次も起こらんとは言い切れん、そしてその時に俺が守ってやれるとも限らん、だから、お前が自分の身ぐらいは守れるように、俺が鍛えてやる。」
(それは…私が…)
少女もまた決断を迫られる。