邂逅
なかなか進みません…
(―何だか視線を感じるなぁ。中からか?)
そちらに目を向けると当然の事だが視線がぶつかる。檻のような馬車からこちらを射抜く一つの視線
(あれはー)
かつて見た前髪で片目を隠した少女だった。男は少女が気になった。いや、男と同じ運命の渦中にいる人間に興味が湧いたと言うべきか。現に男にそれ以上の興味は無い。
「おい、あんた」
「何でしょう、旦那?」
小綺麗な奴隷商の男が媚びるように言う。
「こいつらはどこに連れていくのだ?」
「こいつらですかい?そりゃうちの商品ですからねぇ、もちろんうちの店ですよ。と言ってもうちは王家御用達ですからねぇ気に入ったのが居ても売るこたぁ出来ないんですがね。」
「そうか、引き止めて悪かったな。」
「いえいえ、他の奴隷の事ならいつでもうちにいらしてください。」
奴隷商の男は最後に売り込んで去って行った。
■□
「〜〜でして、活きのいいのが多いですよ。」
「ご苦労であるゾェ。」
男が謁見の間に入ると、先程の奴隷商が熱心に売り込みをしていたが、気にせず割り込む。
「宰相、そのオッドアイを俺にくれまいか?」
何の気まぐれだろうか、男は不意にそう言った。
「オッドアイ…それは構わぬが、どうするゾェ?」
「単に使用人が欲しいだけだ。家も掃除しなければ、埃が溜まる一方だしな。」
「ウム、貴様には褒美もやって無かったゾェ…なら持っていくが良いゾェ。」
「という事だ。悪いな。」
「あ…あぁ旦那、偉い人だったのか…」
何やら奴隷商がブツブツと言っていたが男は無視して少女を連れ帰る。
ちなみに、王は興味が無いのか背筋を伸ばした格好で眠っている様だ…
男にも家はある。と言ってもほとんど任務だなんだと家に帰ることは無く自身が言うように埃を被っている。また、家具などは一切無く、本人も寝れればそれで良いと考えているので追加される事もなかった。
「あ…あのご主人様…」
帰宅途中に少女が意を決して話しかけた。
「そのご主人様とはなんだ?」
「あ…えっとその私は奴隷でご主人様に買われたから…」
少女は少しモジモジしながら答える。
「そんな堅苦しいのはいらん、お前はいつものようにしていれば良い。」
「いつものように…やはりあなたはこの間の…」
男は格好こそいつもと同じものの、いつも同じ変装ではない、といっても全く同じローブを纏っているのではなく幾つも同じローブを持っているだけなのだが…
「何のことかな?」
「いえ…何も…」
男は認める訳にも行かず誤魔化す。
「聞いたいたと思うが、お前は使用人として働け、有無は言わせん、分かったな?」
「はい!ところで堅苦しいのは無しということなら何とお呼びすれば宜しいですか?」
誤魔化されたにも関わらず少女は屈託ない笑顔で応ずる。
「む?それはー」
ここに来て男は思い出す、自分には名前が無いことを。今までは、男が普段会話するのは宰相だけで、たまに王が加わるだけである。そのせいで、お前とか貴様だけで事足りていたのだ。
「お前とか?」
「そっ…そそ…そんな失礼な事できません!」
しぇ〜、とでも言いたそうに全身で驚きをアピールしている。なかなかユーモアセンスに溢れているらしい。
(うーむ…まぁ、追々でいいか)
男が出した答えは先延ばしだった。
奴隷商さんはもう出てこないと思います。