檻
誰だお前……
その街は、止まぬ雨が降り注ぐ。けれども、境界を一歩踏み出せばそこには一滴の雫すら落ちては来ない。
しかしながら、街を中心にクモの巣状に広がった水路が大地を潤し、農作物の名産地としても知られている。
雨の街。その歪な構造は、この世界に於ける神の寵愛を受けし者の力を誇示しているかのようだった。
そんな街中を、漆黒の外套を身に纏い、黒雲に覆われ日の差し込まぬ闇に溶け込む影が二つ。
その先にあるのは工房区。既に喧騒と熱が漂ってきている。
「ここだな。」
「やっと着きましたね。」
一際大きな店に入り、カウンターの様な場所で、受付を行っている男に話しかける。
「ゾイゼンに会いたいのだが?」
「ん?誰でい?あんたら?親方にアポは取ってんですかい?」
「いや、取ってはないが。」
「そいつァ無理ですわ。諦めてくだせぇ。」
そう言って店から押し出されてしまった。
するとそこには、降りしきる雨の中、傘もささずに立っている小さな少女。
そして、その小さな口を開く。
「……みつけた……」
カッと見開いた目は左右の色彩が異なっている。
更に、纏う雰囲気は明らかに歴戦のそれだ。
「!?まずい!」
「……雨。」
重なった言葉が意味する事は対立。
雨天の声に応えるように、否、雨天の命令に従い、水の粒は鋭さを増す。だが、死神は悠々とそれを躱す。
「ボス!下がってくれ!俺が相手をする!」
「頼みましたよ!」
「……雨。」
今度はバナシウスに対して鋭い雨が降り注ぐ。外套に幾つかの穴を開けながら、辛うじて逃げる。
「浮気をしないでくれるか。」
一瞬の隙に死神はナイフを三本同時に投げる。飛ばされた投げナイフの内一本を、雨天はバク転をしながら宙に蹴り上げ、着地と同時にそれを掴む。
残りの二本は何も捉えず地に落ちた。
華奢な体の割に動けるようだ。
「……なぜ…裏切った……」
剣戟の応酬の際にふと呟く。
「この国が腐っているからだ。」
「……どんな風に…?」
「それは……お前は、使い潰される運命が良かったというのか!?」
「……それは…詭弁…私達は…生かされて…生きている……」
「人間としてではない!ただの兵器だ!」
「……見解の相違……殺されてたら…そこで終わり……産声をも上げることは無かったかもしれない……」
「だが!俺達は現に生きている!」
「…….結果論……それに…必要とされる……それだけで…素晴らしい事……」
「そこに、俺達の意思はない!強制されたものに正義は存在し得ない!」
「……正義のヒーローにでも…なりたいの……?」
「違う!そういう意味ではない!俺はただ、あの子の、アルナイルの果たせなかった事をするだけだ!檻を打ち破り、大空に羽ばたくことを!」
「……檻を…破る……?…破って…どうするの……?」
「檻は無いのが当たり前だ!自由というのは当然に与えられなくてはならない!」
「……そんなに…自由が…いいの……?…檻が無ければ…空の高さに絶望するかもしれない……二度とそこには戻れないかもしれない……」
「空の高さに心躍るかもしれない!本当に戻るべき場所には自然と辿り着くだろう!」
「……それは…空論……」
「逆もまた然り!檻は楔であって盾ではない!」
「……それは……」
「お前はただ恐れているだけだ!抗うことに!自由を掴むことに!」
「……うるさい……」
「飛ぶための努力をする者は、いずれ飛ぶことが出来るかもしれない。だが、飛ぶ努力をしない者は、決して飛ぶことは無い。0と1の差は1つではないのだ!」
少女は、雨では無い雫で顔を濡らし、怒りと悲しみの入り交じった様な複雑な表情で死神を睨み付ける。
「……黙れ!……だまれぇ……黙って……なら私は…檻の中の私に…どうしろと…」
「檻を壊せばいい。共に。俺もまだ壊し切れて無いんだ。」
「……共に…壊す……?……そんなの…ム―」
「無理じゃ無い!踏み出した先、何処かに必ず同胞はいる。もう一歩、俺たちのそばに来い!」
無理。その一言だけは言わせまいと食い気味に割り込む。
「……お前達なら…壊してくれるのか…共に……?」
「約束しよう。友と共に。」
「……私は…ずっと…一人だった…」
「もう、一人じゃない。」
「……裏切られるかもしれない…」
「一生裏切らないかもしれない。」
「……逃げ出すかもしれない…」
「逃げ出さないかもしれない。」
「……あとは…」
「素直になれ。抗ってみたくなったんだろ?」
「……私も人だ。歯車では無い。ならばたった一度だけ、お前達を信じてみよう。」
いつの間にか、滴る雫は乾き、空もまた涙を枯らしている。
雲の隙間から差し込む無数の光は、まるで新たな門出を祝っている様だった。
何だか暑苦しい回になってしまいました。
これはこれでいいかなとも思いますが。