次なる一手
今回は短いですが…
高速で迫る拳が、添えられてある刃を通過する。何度その拳を振ろうとも結果は同じだ。
闖入者の腕には既にいくつも赤い筋が浮かび上がっている。
「…ナゼェ…アタダナイ!」
対人に特化した死神の特技とでも言うべきだろうか。
死神は、その優れた動体視力で相手の筋肉の初動を読み取り、動きを予見することができる。それは、予測などの曖昧なものでは無く、未来を見ているのと同義だ。もちろん本人の言う様に、相当の集中力が必要となり、戦いが長引けば、どちらが不利になるのかは言うまでもない。だが、短期決戦に於いてこれ程有利なものも無い。
静かに、ただ静かに、自ら刃を振るうことなく、相手の動作に合せ、ナイフを添えるだけだ。
たったそれだけで相手は自らの力によって傷を深める。
死神の極めた奥義の一つ。これを死神は【加】と呼ぶ。
これを体感した者は、誰一人生きては帰らなかった。
そして、この男も例外ではない。
自重によって首をざっくりと斬り裂いた男は、どすんと倒れたきり動くことは無かった。
「終わった…?神の寵愛を受けし者の割には骨の無い奴だったな。」
「少し様子がおかしかったですが、それもなにか関係があるでしょうか……?」
「さぁな。とにかく帰るぞ。」
拠点に戻るまでの数日間は、何も起こらなかった。
■□
死神が拠点へと戻ってからしばらくの頃。
王宮の地下に集まる三つの影があった。
「予定通り日照がバングを始末した。日照が"あれ"を使ったのは想定外だったが……その他微調整は必要だが大方問題は無い。あの襲撃は、良いタイミングだったぞ?堕天使。それにしても随分と変わったな?」
「あらあら、ありがとうございます。どうでもいいですけど。私は"あの男"に一泡吹かせてやれればそれで充分ですから。それと変わったと言うのはこの身体の事ですか?それならこの間、少し穴まみれにされたので巨腕を肉体に適合させただけですよ。」
「それには少し驚いたゾェ。少し予定がくるったのではありませんかゾェ?」
「問題ない。死神英雄化計画はこのまま次の段階へと移行する。バナシウス・ルーカスと死神に指名手配を。」
「「は!我等が真の主に大いなる祝福を」」
■□
「ボス。あんたの武器なんだが、雨の街に行ってみないか?そこに腕のいい鍛冶師がいるのだ。」
「貴方から提案とは珍しいですね。わかりました。私も武器が無ければ何もできませんし、ついでに貴方の武器も作って貰いましょう。」
「うむ。そうだな。」
雨の街にいる鍛冶師"ゾイゼン"。
武器を触れる者には知らない者はいないとまで言われる伝説の男で、遥か昔に事故で片目を失ったそうだが、隻眼ながらも卓越した鍛冶技術は、その道を生きる者にさえ真似出来ないと言わしめる程のものである。
"魂を込める"と言う技術がゾイゼンの唯一無二の技術ではあったものの、ある日を境にきっぱりと出来なくなってしまった、それでも尚、人気が衰えないのはゾイゼンの技術の高さを示している。
そして、雨の街。八忌の一人が御座す街でもある。
■□
雨の降る街をその中心に聳え立つ無骨な塔の上から眺める少女がいた。
しとしととこの街は今日も泣いている。
いや、私が泣かしている。
雨は好き。私の心を洗い流してくれる様で。
雨は嫌い。私の体を運命に縛りつける様で。
雨が私の全て。それを否定する者は許さない。
私は雨。雨は私。
「雨天様!王都より伝達です!バナシウス・ルーカス及び血沼の死神を指名手配とのこと。見つけ次第抹殺せよとも。」
「………死神……裏切った……?……まぁ……分かった……下がれ……」
「は!」