戦略的撤退
怒涛の連続ラッシュを代わり代わりに繰り返すこと数十、死神もバナシウスも疲れが見え始めた。
それに対して日照は、まだまだ疲れを見せない。それどころか威力もスピードも増すばかりである。
その名の示す通り日照は、陽の光を力にすることが出来る。体力もまたそうなのだろう。
取り巻きを片付けたバングも合流したが、互いに押し切れず、切迫した時間が続く。
だが、得てして終幕とは呆気ないものだ。
「はぁっ!」
バナシウスの振り落とした剣が日照の裏拳に弾かれ、パン と小気味良い音を立て、中程から宙に舞う。
「あはぁ!折れちゃったね?」
「ボス!」
「王子!」
辛うじてカバーに入るが、状況は悪化。苦し紛れの均衡が崩れる。三人掛りで釣り合いの取れるものを、誰かを護りながらまともに戦える筈もなかった。
「ボス、撤退だ。予備も持ってはいないのだろう?」
バングと二人、壁になりながら死神は問う。
「ええ。生憎ながら。ですが、そう簡単に逃がしてくれますかね…?」
「む。それは…」
「あっしが殿になりやしょう。二人が逃げる時間くらいは稼いで見せやさぁ。」
「なるほど。それが一番合理的か。」
「ちょっと!待ってください!」
「何だ?」
「何だ?ではありませんよ!バングはここで死ぬと言っているのですよ!」
「ここで三人倒れるよりはいいだろう。今のままではあいつを倒せるとは思えん。」
「そうですぞ、王子。まぁ、次回以降は警備も厳しくなるでしょうけども、王子なら何とかできやさぁ。」
「五分でいい。頼むぞ。」
「王子の事、頼む。」
「うむ。」
目的が決してからは、早かった。バナシウスに何も言わせないまま、死神が背負い込み逃げる。
「逃すかよぉ!」
「いや、あんたの相手はあっしで!」
日照は逃すまいとするが、バングが抑える。
「ちぃ、邪魔だ!…クソ!先ずはお前からだ!」
「それでいい!」
■□
「………っ………はぁ………はぁ」
日照の街を出た先の道路―と言っても轍の跡があるだけだが。そこに倒れる影が二つ。
「ここまでは追ってこないだろう。一先ずは休憩だな。」
「………そうですね。」
とそこに、一台の馬車が通り掛かり、御者が話し掛けてきた。
「おーぃ。あんたら、こんな所でどうしたんだい?」
「いぇ……その…」
「あぁ、街で起こった騒動に巻き込まれてな。避難してきたところだ。」
バナシウスは口篭るも、死神は舌を回す。
「そりゃあ大変だったなぁ。これからどうすんだ?この先の街に行くなら乗せて行ってやるぜ。」
「それはありがたい。頼めるか。」
「いいってことよ!」
「何故ですか!何故、見ず知らずの私達を?それも対価も取らず?」
「そりゃあ、まぁ、先行投資ってやつさ。俺は、駆け出しの商人って所だからな。これからもシャットリー商会を御贔屓にってやつさ。」
「………なら、そのお言葉に甘えましょう。」
その後、隣町でシャットリーと別れた。馬は日照の街に置いたままだった為歩いて街をでる。
日照は、やはり追って来なかったらしく敵影は見えなかった。
数時間と歩き、少し足を休めていた時、唐突に死神がバナシウスを突き飛ばす。
「うぐぅっ……なにを!」
バナシウスが叫び終えたのが先か。空からナニカが落ちて来て、砂埃が舞う。
視界が開けた先に居たのはオッドアイの屈強な男だった。しかし、両の腕は、屈強と言うよりか異様に膨らんでおり、体のあちこちに傷や注射の跡が見える。
「……チニガミ………コロス……」
目の焦点は合っておらず、呂律も怪しい。だが、狙いは死神のようだ。
「ちぃ、こんな時に…」
残り少ないナイフを構えながら呟き、悪態をつくも警戒は解かない。
がしかし、死神は力任せに振り抜かれた拳に吹き飛ばされる。
「はやっ……!」
見えても反応出来ない、体躯に合わない異常なスピード。やはり寵愛だろう。
数回地面にバウンドしながらも跳ね上がり、辛うじて体制を立て直す。
「くぅ…見えても反応出来ないなら…動きを先に読むしかないか…あれは結構疲れるんだがなぁ…」
暗殺者として鍛え上げられた能力の一つを解き放つ。