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事務子さんの一日

作者: 池田 ヒロ


【08:48】


 おはようございます。私は電子事務情報処理ロボット『事務子』と申します。電子事務処理に関してはお手の物で、私がいるこの会社の人たち全員が重宝してくださっております。大変喜ばしい事ではありますが、そう挨拶をしている内に私のスペック上、解決出来ない事が早速発生致しました。



 申し訳ありませんが、皆さんのお力をお貸し出来ないでしょうか。



 実は、部長が毎日欠かさず頭の上に乗せていたポリエステル物の装身具――皆さんは『カツラ』と呼ばれていますね。それを床に落とし、新人事務員の女の子が気付かず踏んでしまったのです。


 部長は現在、足跡の付いたそれを見て茫然としております。新人事務員の女の子は平謝りをしているようですが――私はどうすればよろしいのでしょうか。


 周りの皆さん、どうも下を俯いています。肩を震わせているようです。最近は寒いですからね。風邪でも引いたのでしょうか。心配です。


 一応「元気出してください」とはお伝えしましたが、更に元気が無くなっている気がするんです。これ以上、私はどうするべきなのか、この後の事務作業において、部長とどう接すればいいのか分かりません。どなたか、こういう経験ありますと言う方がいらっしゃいましたらお教えください。それで私は部長を元気にしてみせますので。



【10:05】


 事務所の方に商品を納品する際に付けていた伝票が戻って参りました。私はこれの仕分けをするのもお仕事に入っております。


 トラックの運転手さんたちから受け取って、担当者ごとに分けて参ります。それと同時進行で新人事務員の女の子がお茶を汲んでくれます。私はロボットなので飲めませんが、皆さん温かいお茶を飲んで心も体もほっとしているようですね。安心致しま――おや? どうやら部長は冷めた表情で飲んでいるようですね。


 新人事務員の女の子は少々おっちょこちょいな一面もあります。間違えてお湯では無くこの時期にとっては冷たい水でも入れたのでしょう。



「おっ、部長さん元気ないじゃないですか~」



 何てしている内に一人のトラックの運転手さんが部長にそう言いました。おお、彼ならば――ドライバー歴二十年の増田さんならば、きっと部長を元気付けてくれる事でしょう!


「……いえ、ちょっとね……」


「元気出してくださいよ~。このままだと事務所全体が暗くなっちゃいますよ?」


 流石は増田さん。いい事仰います。これで彼が明るくなるといいのですが。


 しかし、ここでお局さんが増田さんに耳打ちを仕掛けてきました。一体、どうしたのでしょうか。伝票の仕分けをしている私に二人の会話が入ってまいりました。


「部長の頭、落としてフミちゃんが踏ん付けちゃったのよ」


「わざと?」


「ううん、帽子取った拍子に落ちちゃって」


「あらら」


 増田さんの表情が困惑しております。因みにお局さんが言っていたフミちゃんとは新人事務員の女の子の事です。皆さん、フミちゃんと呼んでおります。もちろん、私も仕事仲間ですし、後輩ですのでフミちゃんと呼んでおります。


「じゃ、じゃあ――お疲れ様でした~」


 増田さんはこれ以上部長を元気付ける事も無く、お忙しいのか事務所を後にしてしまいました。こればかりは仕方ありませんね。代わりに私がやってみましょう。


《部長》


「……はい」


《明るくなられてください。ピカピカの笑顔を見せてください》


「…………」


 おかしいですね、逆に顔に影を作ってしまいましたよ。それに皆さん寒いのか震えていらっしゃる。こういう時こそ、私の出番です。空調の管理はお手の物ですから。温度を上げますね。


 うーん、部長を笑顔にするのは難しいようです。



【12:03】


 お昼です。人間の皆さんにとっては必要なエネルギー充電の時間です。でも、私にはそんな時間は要りません。夜に充電していて、お昼の八時間は持ちますので。


 他の皆さんはそれぞれ昼食を取っている中、私はと言うと――お昼ご飯中にやって来る商品受注を承っております。


 以前、私が来る前は昼食も採る暇も無いと皆さんが仰っておりました。私が来てくれたからのんびりとご飯を食べられる、と。頼られるのは嬉しい限りです。


 しかし、部長はまだまだ落ち込んでおります。どうされたのでしょうか。コピー機の方へ移動している最中に彼の机の方を失礼ながら覗き込んで見たのですが、お弁当箱の中にはウズラの卵とプチトマトが残っておりました。食べずにじっと見ているんですよ。


 苦手なんでしょうか。私は食べられないので分かりませんが。


 気になったので、尋ねてみました。


《部長。部長はウズラの卵とプチトマトを残されているようですが――お嫌いなんですか?》


「…………」


 何も答えてくれませんでした。代わりに事務所内の皆さんは肩を震わせております。まだ寒いんでしょうか。体を壊されては元も子もありませんからね。温度を上げましょう。


 いつになったら部長はいつもみたいにピカピカと輝いているようなにこにこ笑顔になってくれるでしょうか。



【15:16】


 午後の仕事が一段落した頃です。ちょっとした小休憩ですね。人間の皆さんが言うには『おやつ』の時間でしょうか。事務員の女性方は何を食べるのかワイワイと給湯室で楽しくしていらっしゃいます。羨ましいものです。私も物が食べられたならば、ああして皆さんと楽しく出来るのですが――。


 この時間帯の私はお昼の時間と同様に商品受注を承っているのです。


「皆さーん、今日は暑いですし――冷たい飲み物はどうですか?」


 フミちゃんが給湯室から戻ってきてそう言ってきました。あら、今日は他の人たちにとっては暑かったんですね。季節は冬だと言うのに。でも、皆さん風邪引いていらっしゃるようですし、空調温度はこのままでも問題無いでしょう。


「どうです、部長。冷たい飲み物」


「そうだねぇ、汗掻いちゃってきたし――お願い」


「はぁーい。あっ、事務子さんも申し訳ありませんが、手伝ってくれませんか?」


 突然フミちゃんにそう言われて、びっくりしました。そうでした、今日は事務員の女性は二人お休みなので彼女とお局さんしかいなかったんでした。そうとあらば――。


《お手伝いしますよ》


 まだ次の商品受注には時間が掛かりますし、何より事務処理関係でなくとも私は出来ます。何故ならば、私は事務子さんだから。事務に関するお仕事のプログラムは一杯インストールされています。


 私とフミちゃんは給湯室の方へとやって参りました。そこではお局さんが皆さんに、とお菓子のご用意をされていました。ああ、これが噂に聞くカステラですか。面白い形をしていますね。


「みんなどうだって?」


「冷たい飲み物でもいいそうです」


「じゃあ、フミちゃんと事務子さん。冷蔵庫からジュースを取り出して入れて来てくれる? 私はこれを持って行っておくから」


「はーい!」


 お局さんが出て行って、私とフミちゃんは冷蔵庫からジュースを取り出しました。中にあったのはオレンジジュースとメロンソーダーです。でも、人数から行くとオレンジジュースの方がいいみたいですね。


《グラスを出して置きますね》


「ありがとうございます」


 グラスを出してフミちゃんはオレンジジュースを注ぎます。私もすぐに運べるように注がれた物をお盆の上に乗せていきます。


「……あっ」


《どうされましたか?》


 フミちゃんはオレンジジュースの容器を片手に空っぽのグラスを前にして固まっていました。あたふたとされておりますが、私はロボット事務子! 察します。ジュースが足りなくなったんですね。


「ど、どうしよう……」


《お任せください、フミちゃん》


「えっ?」


 今日の皆さんを見てきて、私が分析しました。私は人間に仕えるロボットです。人の為に、人の役に立つ為に生まれてきたロボットです!


 そうして私が作り上げたのはメロンソーダーフロート付きでした。


《これを部長に。きっとお元気になられますよ》


 部長は誰よりも元気が無く、誰よりも汗を掻いておりました。それならば、これを飲めば元気も出るし、余計な汗も引くでしょう。


「あっ、ありがとうございます!」


 フミちゃんは嬉しそうにこちらを見てくれます。ああ、これです。これ。私が見たかった物。誰かに頼られる事を望んでおりました故。


《では、さっそく持っていきましょうか》


「はい」


 私はオレンジジュースをフミちゃんは部長用のジュースを手にして事務所の方へと戻って参りました。戻ると、皆さん和気藹々(あいあい)とカステラを食べているようです。


「あっ、事務子さん」


 おお、どうやら部長もカステラを食べて少しは元気が出ているようですね。


《何でしょうか》


「ちょっと、室内が暑いから――温度ガンガン落としてくれる?」


《ガンガンですか?》


「うん、蒸し暑過ぎるから。みんな、ね」


 それに皆さんが頷きました。そうですか、暑いならば、ガンガン落としましょう。


 私は自立して動けます。下にコロコロがついているので段差が無ければどこでも動けます。ですが、事務処理関係の時やこうして温度設定などになると一度止まらなければ、出来ません。故に――。


 私が立ち止って温度を調整する最中、空調機から強い風が部長の頭に当たり――ポリエスチル性の装身具が床に落ちました。私を避けて通っていたフミちゃんがそれを誤って踏ん付けてしまい、滑った拍子にメロンソーダーフロートを彼に目掛けて溢してしまいました。


 おかげで部長はメロンソーダー塗れ。頭にはフロートアイスが。



『ぶふぉっ!!』



 事務所内にいた皆さん、何故か笑い出しました。お局さんはそっぽを向いて肩を震わせ、今から納品に向かう増田さんは腹を抱えて笑い、フミちゃんは声を震わせながら――。


「……も、申し訳――あり、ません……ぶふぉっ!!」


《こらこら、フミちゃん。笑いながらの謝罪はダメですよ》


 その事を彼女に叱咤すると、皆さんはもっと笑ってしまいました。笑っていないのは部長だけです。おかしい話ではないと言うのに、何ででしょうか。こればかりは処理しきれませんが、頑張って解析致しましょう。


 むむっ、分かりませんか……。それではもっと詳しく処理を――。



【18:44】


 気が付くと私は充電器の中で眠っておりました。何故にこうなったのでしょうか。


 それよりも皆さんは? 私が動こうとすると、一人の人物に止められました。



「ダメだよ、事務子さん。まだ修理中だから」



 修理中? はて、いつの間に私はそうなるまでに至ったのでしょうか。気になりましたので、私を修理してくれる人、道岡さん――この人はこの会社で私の点検や整備を行ってくれる方です。彼に尋ねました。


「事務子さんはね、今日は頭をフル回転し過ぎたんだよ」


《フル回転ですか?》


「そう、事務子さんには無いデータでも探していたのかな? 無い物を探しても無いんだし、それを朝から使っていたのならば、壊れちゃう」


《そうですか》


 そんなつもりは無かったんですがね。道岡さんは何を調べていたのか尋ねてきました。私は素直にそれに詳しくお答えします。


《私はただ……部長を元気付けたかったんです》


「……なる、ほどねぇ……」


 何故か道岡さんは苦笑いをしていらっしゃいます。何故でしょうか。


「うん、うん……でもね事務子さん、それは――ロボットが考えるべき話じゃないと思う」


《何故ですか? 私は皆さんのお役に立ちたいんです》


「いや、絶対考えちゃダメ。事務子さんが考えていいのは仕事の事だけ。みんな、そっちの方を頼りにしているから」


 余計にオーバーヒートしちゃう、と道岡さんからストップを掛けられてしまいました。しかし、私とて部長が気になります。そう、彼に伝えると――。


「ああ、部長なら大丈夫」


《本当ですか?》


「うん。今日はみんなで飲みに行くからって楽しそうに言っていたよ」


《いつ頃でしょうか?》


「一時間程前かな? 何か吹っ切れてはいたみたい」


 楽しそうにしていた、と言う事は元気になられたと言う事ですね。それを聞いて私は安心しました。それならば、道岡さんの修理をお任せする事が出来ます。


 皆さん、今日は本当にありがとうございました。皆さんのお助けにより、部長は無事元気になられたようです。また、安心して明日の朝に部長の笑顔を見る事が出来ますね。


 さて、私はゆっくりお休みすると致しましょう。



《お疲れ様でした》



 ここまで読んでくださった皆さんの貴重な時間をありがとうございました。

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