ホットドッグ
凍えるような寒さ、針のように吹き付ける雪風の中を歩む黒い人型が一つ。
降雪注意報発令中のこの時間、彼の目的はそんな事すら意にも解させない程の決意のもとにあった。
白く染まった大地に刻まれるその足跡は、彼の強固な覚悟を纏っていた。
「ホット…ドッグ…」
寒気ですら曲げることのできない意思は、ついには言葉になって口から溢れ出た。
そして、その細められた双眼はついに一つの碑を捉えた。
そう、コンビニエンスストアにて、絶えることなく光を放つ看板を見つけたのだ。
*
「らっしゃーせー」
事務的な声がレジから聞こえ、彼は、自分がようやく目的の地へとたどり着けた事に安堵した。
だが、彼はまだ終わっていない目的を果さんと凍える足を運んだ。
中央列の棚、その中でも特に温かみのある色彩の場所にそれはあった。
「ホット…ドッグ…」
彼は自家製の肩書きを背負ったそのパンに触れた時、この世の全てに感謝の念を放った。
「あた…たかい…」
自家製とある以上、その肩書きには必ずある事象が付いて来る。
そう、焼きたて・出来たての称号である。
彼は運良く作りたてで並びたてのホットドッグを手にしたのだ。
そして、その棚に背を向け、レジへと向かう。
「一点で130円になります」
作業的な声に従い、財布から130円キッカリを取り出し、店員へと渡す。
「袋とレシートはいりません」
そう告げると、支払いの済んだホットドッグを手に、レジの後ろのイートインコーナーに進んだ。この吹雪のせいだろうか、昼飯時だというのに彼以外の人間は誰一人としていなかった。
彼は静かに席を見回し、窓辺のカウンター席に座ると、早速ホットドッグの包装を破った。
中から焼きたてのパンの香ばしい匂いと、マスタードの少し酸っぱい匂いが溢れ出した。
このホットドッグ特有のものである。
(嗚呼、これがホットドッグの匂いか、このマスタードとケチャップのトマトと香ばしいパンの香りが混ぜ合わさったこれが!)
胸いっぱいに匂いを吸い込み、その勢いのまま口の中へとホットドッグを突っ込む。
(舌の上!!肉汁襲来!!)
溢れ出す肉汁は、ソーセージの皮に阻まれて抜け出せなかったもの。しかしこれは、市販のもの以上に留められていたようだ。
(こ!これは!?甘い!!酸っぱい!!辛い!!美味い!!!)
彼の舌を襲ったのは、肉汁の甘みだけではない。マスタードとケチャップの酸味、マスタードの辛味が肉汁と綺麗に溶け合い、それが美味さへと変質しているのだ。
そして何よりもその全ての刺激を丸く包んでいるものこそが、この焼きたてふわふわのパンである。
(凄まじい味の強襲!!そしてその後に訪れるパンによる舌のリセット!!これは、止まらん!!)
確実に味わいながら、しかし少しずつペースを上げながら彼はホットドッグを頬張る。
ここに人が彼一人でよかった。
なぜならば、今この瞬間の彼の口周りは、少し離れたところから見てもわかるほどにケチャップとマスタードに塗れていた。
*
食い終わり、コンビニを出ようとした時、彼は自分のスマホに通知が来ているのに気がついた。
《お前が出た後、午後から休校にするってアナウンス鳴ってたぞ》
心やさしき誰かが送ったその言葉に、彼は自分の運が一時のものであると感じた。
なぜならば、外の吹雪はより一層強まっていたからだ。
「……はあ、」
深くため息を吐きながら、彼は、その白く染まった道路を再び辿り始めた。
次回、さぁっきまで○○だったもぉのが、辺り一面に転がりそう〜