唐揚げ定食
キーンコーンカーンコーン
4時間目終了のチャイムがなる。
(ふぅ、ようやく飯か、)
彼は矢嶋 正之、17歳の高校二年生だ。
印象が薄く、人付き合いが悪く、おまけに鉄面皮ときた。
典型的な根暗の象徴みたいな男だ。
(さて、今日の献立は何にしようか?胃袋的には唐揚げが食いたいな。よし、久しぶりに図書館近くの定食屋行って、唐揚げ定食にしよう。一食750円、ご飯おかわり自由、中々良いサービスしてくれるとこだ。
うん、考えていたらさらに腹が減ったな。
昼休み終わらないうちに、ささっと食ってこよう。)
彼は机の上の教科書を片付けると、足早に教室を出て行った。
そんな様子を多くのクラスメイトは根暗だなと思いながら雑談に励んでいた…………
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(彼処って定休日はいつだったか、確か月曜日だったな。なら今日はやっているな。
お、暖簾が出てる。
あ、きたきた、美味そうなのがここまできた。)
彼と店との距離、約2メートル直線。
そんな距離からでも届く、炊きたてのご飯の匂いと、揚げ物の揚がる音が、彼の鼻腔を、耳腔を、食欲を刺激し、食道の運動を活発化させる。
(あ〜ダメだ。もう耐えられん。さっさと食おう。咀嚼し、舌の上で転がし、飲み込み、胃袋に入れてしまおう。では、いざ、)
中には多くのスーツ姿の男たちが所狭しとテーブルを占拠している。
彼はその中でも、目の前でとんかつ定食を食べている中年の前に座った。
そして、注文を聞きにきたおばちゃんに一言
「唐揚げ定食1つ、キャベツ多めで」
ここの唐揚げは注文が入ってから作り始める。本来なら時間のかかる料理など昼休みにわざわざ食べに行くような高校生はいないだろう。
しかし幸いなことに、彼の高校は昼休みが1時間以上ある。
これによって余裕を持って食べきれる場合がほとんどだ。
(さあて。待ってる間暇だから小説サイトでも見てようかな。
お、これなんか面白そうなタイトルしてんじゃん。一応ブックマークつけとこう。
はあ、にしてもこういう面白そうなの書ける奴って、一体どんな体験したらなれるんだろうな。)
彼が一人で15分ほど物思いにふけっていると、
「お待ちどおさま、唐揚げ定食キャベツ多めです。」
お盆が運ばれてきた。
キャベツの上に乗った唐揚げとその端にひっそりと置かれたレモン。
味噌と出汁の境界が少しぼやけ、その間を行ったり来たりを繰り返すワカメの入った味噌汁。
艶々と白い光を放つ茶碗に盛られた白米。
申し訳程度の小さな皿に重ねられた大根ときゅうりの漬物。
(あゝ、これだよ。これこれ。今日の胃袋が求めていた物はこいつらだよ。)
彼はまず見た目で満足していた。
(さて、まずは唐揚げからっと、最初は素で、)
箸でつまみ、口に入れ、もぐもぐと咀嚼し始める。衣のサクリという音と、彼の笑顔が、同時に放たれる。
(ああ、今日の判断は正解だった。そして、この店に今日来てよかった。
唐揚げの揚げ具合、肉汁の量、クぅたまらん。)
すかさず、キャベツと白米を口に頬張る。
頬袋はまるでリスのように膨れ上がっている。
一通り飲み下すと、彼は唐揚げにレモンをかけた。
ここのレモンは少々厚切りで絞りやすい。
そして再び、一連の動作を繰り返す。
(あー、幸せー!やっぱ人間、食ってる時が一番気持ちいいよねー。)
誰に語ることもなく、ただ頭の中の思考に表情を任せきっているようなニヤケ顔。
はたから見れば不審者である。
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唐揚げも白米もキャベツもなくなると、
彼は残っている味噌汁に手を伸ばした。
味噌汁茶碗をゆっくりと傾け、汁をすする。
まるで舌の上の残り物も、至福の時間に対する執着も、
そのコクで洗い流すようにゆっくりと。
(ああ、うまかった。また来よう。今度は前の人が食ってたとんかつ定食にするか。)
次の献立を考えながら彼は勘定を済ませ、店を出て行った。
5時間目が数学であることに怪訝な表情をしながら。