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独身オークのとある朝食 #物書きのみんな自分の文体でカップ焼きそばの作り方書こうよ

作者: 高城拓

 電子音がけたたましく鳴る。

 ムカマド・ンジュケアリは枕元、つまるとこは耳のそばに手をやり、携帯電話の目覚ましアラームを切った。

 何事かうなり、布団の中でもぞもぞと動いてから眼鏡をかけ、携帯電話の画面を見た。


「……まーたこんな時間か……」


 画面に表示されていた時間は、東部標準時の昼前を指していた。



 ムカマド・ンジュケアリは魔族連邦合衆国レスタ州の片田舎に住む、うだつの上がらない機械工である。

 うだつの上がらない、とは本人が思っているだけで、実際のところはそうでもない。

 20代後半で早くも自前の店を建てたことが機械工、整備工としての腕を証明しているし、なにより人口密集地ではない地方都市で経営状態が悪くないことは、彼がうだつが上がらないどころではないことを示している。

 ならばなぜ彼が自らをうだつが上がらないと評しているかといえば、30代半ばというのに浮いた話の一つもないこと、最近単価の高い仕事がたどえがちなこと、そして最近の生活がだらしなくなっているせいだった。


「えーと、今日は……水曜か」


 ムカマドの店は日曜と隔週水曜が定休日である。

 定休日ではあるが、そこは一人で経営している町工場の悲しいところで、


「金曜までにレオニートさんのトラック直さないといけないのか……しゃあねぇ、仕事しますか」


 休日稼働は確定である。

 レオニート氏は顕龍族(リンドブルム)の酪農家である。普段は魔法でヒトの姿をしているが、そこはそれ、元は全長十数メートルの姿をしているのだ。ヒトの姿をとったとて重さが劇的に変わるわけではない。

 ムカマドはオークの中でも体躯が大きくなりがちな平原オーク種であったが、それでもレオニート氏のほうが圧倒的に重い。


「しかしまぁ、どうやったら年に一回、ホーシングごとアクスル折るんだかねぇ」


 レオニート氏の愛車は頑強一徹なことで知られるノイエ・ンゴワ社のタンデール3600RC、1.5トン積み貨物トラックなのだが、毎年必ず前輪車軸を折ってしまう。フレームが耐えているのが本当に不思議だ。

 ちなみにムカマドはタンデール3600と同じ駆動系を使用するCPクルーザー4WDに10年も乗っているが、前輪車軸が故障したことは1度しかない。

 とはいえレオニート氏の車の部品はすでにきているから、あとは組み付けて試走するだけだった。

 その「組み付け」が大変な作業ではあるのだが。


 外に出ると快晴も快晴、夏の陽気が広がっている。

 州都レスタのビル群が西方はるか遠くにかすんで見え、その上には入道雲。

 道路に面した作業場のシャッターを一枚だけ開け、作業場の空気を入れ替える。

 作業場の工業用せっけんでしっかりと手を洗っていると、さわさわと風がそよいできていい気持ちになった。

 この辺りでは南の『断絶の壁』山脈から吹きおろしてくる涼しい風が地面の熱でいい具合にぬるまり、そこまで暑くもならないのがありがたい。

 事務所の窓の下にあるプランターから、セージとパセリをちょいちょいと摘んで、屋内に戻る。

 事務所の奥、ダイニングキッチンといっていいのかよくわからない手狭な部屋の窓をすべて開け、薬缶をコンロの火にかけた。


「フーンフフンフーン」


 なんとなく鼻歌を漏らしながら、冷蔵庫の中のソーセージと使いかけの玉ねぎを出す。

 玉ねぎを串切りにして水にさらし、ソーセージは適当な大きさに。

 セージとパセリを手でちぎっていると、顔見知りの黒猫が窓のふちにひょいと顔を出した。


「アルルさん、こんにちは」


「にゃあん」


 アルルと呼ばれた黒猫は色気たっぷりにあいさつした。

 アルルに昨日の余りの豚のコマ切れを一つまみやると、彼女はそれを咥えてどこかに行ってしまった。

 最近店の裏手の森の奥で子猫の鳴き声がするから、アルルさんにも子供ができたのかもしれない、とムカマドは思った。


 フライパンにバターを溶かし、ソーセージと玉ねぎ、ハーブをざかざかと炒める。

 香ばしい香りがあたりを包み、窓の外へも広がった。

 そこへ通りがかったのはレオニート氏の娘のユーリアである。

 当年とって17歳、ハイスクールの2年生だ。


「ムカマドおじさん、こんにちは」


「こんにちは、ユーリアちゃん。今日は学校はどうしたの」


「学校は今日までだよ。明日から夏休み!」


 快活に答えるユーリアは、ヒトと顕龍族(リンドブルム)を掛け合わせたような見かけをしていた。

 淡い緑の頭髪に、しゅっと伸びた口吻(マズル)、すらりとした首筋からなだらかに曲線を描く肩、静かに揺蕩う長いしっぽ。女性らしさを高らかに誇る胸と尻。校則ぎりぎりまで短くしたプリーツスカートから、少し太めの脚がにょっきりと生えている。

 一言でいえばちょっとぽちゃっとした男好きのする体つきで、それがムカマドとレオニート氏の心配の種だったが、母親と本人はそこまで気にしている風でもなかった。

 さもありなん、おっとりした顔つきのこの娘はカラテとレスリングの有段者だった。

 仕込んだのは彼女の母親である。


「へぇ、うらやましい。おじさんはこれから仕事だよ」


 薬缶がしゅんしゅんと音を立て、湯が沸いたことを知らせた。

 コンロの火を両方とも止める。

 流しの下から皇国水産の「やきそばランチ大盛り」を取り出してビニールの包みを破り、蓋を開け、具材を取り出した。


「ね、それ何やってるの?」


「朝ごはん作ってるの」


「あっは! 今から朝ごはんって、おっかしい!」


「今起きたところだからねぇ」


 窓枠にもたれかかって室内を覗き込んでいるユーリアを放って置き、焼きそばの容器に湯を注ぎ、蓋をする。

 

「タバコを吸っても?」


「おじさんの家だもの、いいよ」


 戸棚においてあったルーシア・メンソール5mgを一本取り出し、マッチで火をつける。

 換気扇の下に移動して、ぷかり、ぷかり。


「ねぇおじさん、タバコっておいしいの?」


「まずいよ。依存症で吸ってるだけだもの」


「うっそだぁ」


「うそじゃないよ」


 おかしそうにケラケラと笑うユーリアを見ながら、ムカマドは昔のことを思いだしていた。

 ねぇ、私たち、本当にやりたいことだけしたほうがいいと思うの。

 そう言って去っていった彼女もよく笑う娘だった。


「おじさん、なんか別のこと考えてるでしょ」


 ユーリアが興味津々といった表情でこちらの顔を覗き込んできた。


「えっ」


「当てて見せよっか。他の女の人のことでしょ」


「あっ、うーん」


「こんなにかわいい子が目の前にいるのに、失礼なんだぁ」


 ユーリアはまたケラケラと笑う。

 まいったな、と思った。

 どうして女というものはこうも勘が鋭いのか。

 気がつけばタバコは半分まで灰になっている。

 灰皿でたばこをもみけし、カップ焼きそばの湯を少し捨てる。


「まだ3分たってないんじゃない?」


「いいんだよ、これで」


 残りの湯をフライパンに空け、しっかりと湯切りする。

 フライパンに再び火を入れ、くつくつとひと煮立ちさせ、そこに付属のソースを開けて混ぜる。

 程よくフライパンの中身とソースが混ざったところで、カップの中の焼きそばをフライパンに空けた。

 じゅわっ、じゅわっと片手でフライパンをゆすりながら、輸入食材店で買ってきた「ひょっとこソース」と「クルッピーマヨネーズ」を小さじ1ほど。

 適当に混ぜ込んで、水気を飛ばしたら完成だ。


「えーなにそれおいしそう!」


 目をきらめかせながらユーリアが言ったが。


「あげないよ、おじさんの朝ごはんだもの」


「えーケチ―」


「ケチじゃないよ。お母さんがお昼ご飯作ってるんじゃないの?」


 フライパンのなかの焼そばを皿に盛り、箸を取り出す。

 

「それはそうなんだけど」


 ユーリアの目は焼きそばにまみれたソーセージにくぎ付けだ。


「仕方ないなぁ、一口だけだよ」


 ムカマドはそういうと箸をおき、フォークにソーセージごと焼きそばを少しからめとる。

 

「ほら、あーん」


「あーん」


 ひな鳥のように大口を開けて焼きそばを迎え入れたユーリアは、幸せそうに咀嚼する。

 まぁこれぐらいの子は色気より食い気ってなってる時のほうが可愛いよなぁ、などとムカマドは思った。


「あーん」


 口の中のものを飲み込んだユーリアが再びひな鳥になった。


「一口だけって言ったでしょ?」


「もうちょっとだけ、ね? おねがいおじさん、あーん」


「あーんじゃないよ、帰りなさいよ。お母さんもお父さんも心配するでしょ」


「えーケチ―」


「ケチじゃないよ」


 苦笑しながら窓際に椅子を寄せ、空を見上げながら焼きそばをぞぞぞとすする。


「お行儀悪いんだぁ」


 窓枠に腕を置き、それを枕にふくれっ面をしたユーリアが言った。


「ソバってのはこうやって音たてて食べるものらしいよ」 


「ふぅん。ね、味濃かったけど、おいしかったよ、それ」


「うん。どういたしまして」


 にへらと笑ったユーリアはそれきり黙り、ムカマドも黙々と焼きそばを平らげた。

 向かいのデントコーン畑でヒヨドリが鳴いている。ピュウイッ、キュッキュキュキュ。

 近くの電柱でアオジがピッヒョロロロピッピと、森の中でルリビタキがぴぃ、ぴぃと。

 森の奥でアルルさんが「なーご」と声を上げた。



 しばらく黙っていたユーリアが、目をそらしながら言った。


「ね、おじさん。おじさんもオークなんでしょ? おじさんも若い女子さらってたりしたの?」


「ん? いいや、そりゃあもう千何百年も昔の話だよ。ユーリアちゃんのお父さんだって人里襲ったりしないじゃないか」


 魔族連邦合衆国がまだ魔王領だったころ、断800年のあたりまではオークはヒトやエルフの子を攫って繁殖し、龍はヒトといわずオークといわず襲って食べていた時期があった。

 いずれにせよ大昔の話である。


「ふぅん。私はおじさんにだったらさらわれてもいいなぁ」


 言われてムカマド、盛大に噴き出した。

 焼きそばの最後の一口はそれなりに咀嚼されて細かくなっていたから、つまりは、あー、台所は悲惨なことになった。


「わ、きったない」


 ほんの少し頬を赤らめていたユーリアも、さすがに顔をしかめて一歩引いた。


「ろくでもないことを言うんじゃないよ。ほらもう、帰った帰った。」


 ちょっと怒ったふりをして立ち上がる。

 ユーリアもえへへと笑って窓際から身を引く。


「それじゃあね」


「ああ、お父さんによろしく」


 窓際で手を振ってユーリアを見送る。

 長い尻尾を揺らめかせながら、彼女は歩み去った。


「ふぅ、まったく」


 色気より食い気のほうがまだかわいいんだがなぁ、と、声に出さずにつぶやく。

 茶を飲みたいなと、ムカマドは思った。

 思っただけで、悲惨なことになっている台所を振り返る気にはならなかった。

 まぁこればっかりは、独身かどうかは関係ないよな、とムカマドは独り言ちたのである。

ところで焼きそば弁当に入ってるスープ溶かすのよく忘れるよね。わすれない?

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、面白かった。昼飯後だけど焼きそば弁当を食べたくなったw [一言] 上京してからはそこらに焼きそば弁当が見当たらなくて残念です。スープは楽しみの一つなんで忘れませんよー
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