第一ステージ 1
「たっく、自動警備ロボが故障ってどういうことだよ......」
薄暗い無人の地下鉄駅を、片手にライトを持った警備員の男が、ぶつぶつと文句を言いながら徘徊していた。
この地下鉄駅は近年の技術革新によって需要を失い、3年後には取り壊される予定のーーいわば廃墟である。
「ああくそ、寒ぃなあ」
そう言って、男は大きなあくびをしたかと思うと、ポケットに片手を突っ込んだ。
その時。
ドン! という爆発音に似た大きな音が、地下鉄に鳴り響く。
「な、なんだなんだ!?」
音に驚いた男は、小走りで音の鳴ったほうへと駆けつけた。
そして彼は、それを見て絶句する。
巨大な口に大きな一つ目。
体中から生えた、触手のようなモノ。
ーー見ただけで生理的嫌悪をもたらす、グロテスクな外見をした化け物が、暗闇の中でうごめいていた。
「ひ、ひいいいい!?」
男は腰を抜かし、その場にへたり込んでしまう。
化け物はゆっくりと彼に近づいていく。
そして、その触手を彼の体に巻き付けた。
胴に、腕に、足に、首に、触手は絡みついていく。
「ひ、や、やめろ......やめ、ああああああ!!」
触手は男の体を強く締め付け、切断した。
響き渡る絶叫。
胴体を真っ二つにされ、そこから大量の血と腸が飛び出す。
両腕両足は胴体から離れ床に転がり落ち、ぴくぴくと痙攣している。
最後に首を締め切られ、彼の絶叫はそこで途絶えた。
□
2060年。
日本は世界トップの技術力を誇っていた。
その功労者は間違いなく、今や世界的大企業となった会社『青野カンパニー』代表取締役、青野茂だ。
彼のもたらした技術革新は常識を大きく変えた。
電気で稼働する小型飛行船の量産や、完璧な自動運転機能を備えた車の安価販売などにより、地下鉄やバスなどの交通機関が消え去ってしまったのは記憶に新しい。
中でも特に変わったのはゲームの分野。
仮想現実大規模人数オンラインーー所謂VRMMOを、世界で初めて開発したのだ。
そのゲームの名は、『ブルーフィールドオンライン』。略してBFO。
まるで本当にゲームの世界に入ったかの様な感覚が味わえるBFOは圧倒的人気を博し、プレーヤーの人数は1億人を超えた。
そして、BFOの開発から10年。
青野カンパニーは新たなゲームを開発する。
その名も、『VR5』。
BFOをさらに進化させた、次世代のVRMMO。
今日はそのVR5β版の、テストプレイの日だ。
事前に応募した中から抽選で選ばれた数人のみがプレイ出来る。
応募人数は国内だけでも1千万人を超え、国外を合わせれば8千万人にも及んだ。
ーーそんなゲームを、俺は今日プレイする。
あまりの興奮で、昨日は眠ることが出来なかった。
だが、眠気は全く感じない。
むしろ元気だ。
家を飛び出し、飛行船に乗り込み約5分。
巨大な建物の前にたどり着く。
この建物はVR5β版のためだけに建てられた物だ。
非常に立派で、とてもその為だけに建てられたとは思えない。
抽選に選ばれたプレイヤーは、今日の12時までにこの建物へと集合する手はずになっている。
「おはよう、カナタ」
その時、背後から突然声をかけられた。
振り返るとそこに居たのは、一人の少年。
俺の友達の青野勝だ。
背が低く、中性的な顔つきをした美少年。
中性的というか完全に女顔で、初対面の時なんか女と間違えたほどである。
「よう、青野」
「カナタ、目の下にクマ出来てるよ?」
「ん? ああ、昨日寝付けなくてな」
「カナタって昔からそうだよね。修学旅行の時も、でっかいクマ作ってた」
青野はそう言って笑う。
今でこそ仲良く会話しているが、何も最初からこうだった訳ではない。
青野と初めて会ったのは3年前ーー中学1年の時だ。
ほかの学校から転校してきた青野は、人見知りと言うこともあり、なかなかクラスになじめていなかった。
そこに俺が声をかけ、一緒に飯を食ったりゲームしたり、気がつけば自然と仲良くなっていた。
青野は自分語りをしようとしない。
だから、青野があの大企業『青野カンパニー』の御曹司だと知った時はとても驚いた。
......実は、俺が今日β版のテストプレイを出来るのは、こいつの『コネ』のおかげだ。
もちろん、最初は普通に応募した。
そして普通に落選した。
どうしてもあきらめきれずにいたところを、青野が見かねて、コネを通してくれたのだ。
「いやもう、ホンットありがとな。お前には感謝しかない」
「気にしないで? 友達なんだからさ」
青野はそう言って、またニコリと笑った。
「さて、それじゃ中に入ろっか。ほかのテストプレイヤーの人たちはもう到着してるしね」
青野とともに建物の中に入る。
長い廊下を進み、巨大な扉の前に出る。
すると備え付けられていた大きな監視カメラが動き出し、俺たちに光を当てた。
『プレイヤー確認システム作動。青野勝、木下奏太。オールグリーン。以上2名はテストプレイヤーに登録されています。ドアロックを解除』
どこからともなく機械的な音声が流れる。
同時に目の前の巨大な扉が静かに開き、俺たちを迎え入れた。