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猫目の狂奏者《バーサーカー》  作者: 来海 珊瑚
第一章 階調のアイリス
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4.赤色の因縁と新しい名前? ♠︎

 ――本当にお前って間抜けだな。


 痛むお腹を抑えながらぼーっと空を眺めていると、どこからかそんな声が聞こえた気がした。事実だけれども。

 こうなった原因といえば、恐らくハルカという少女を寝かせた後どうしても空腹を我慢できなくて、その辺にあるよく分からない野草を口に入れたことが理由だろう。我ながら本当に情けない。

 はあ、どうしてこんなことになっているのだろう? そう、自分に問いかけてみる。


 ――お前がいつまでもウジウジ、ウジウジ過去のこと引っ張り続けてるのが原因だろう? そう、返事された気がした。


 分かっている。分かっているけれども、どちらにしてももう村には戻りたくない。村人たちからの非難の目、忌憚の声、そして、村長である父親からの最後の一言、


『村から出ていけ! この殺人鬼が!』

「………………」


 全く、嫌になる。この世界のすべてが。

 一時期は自殺してしまおうか真剣に悩んだこともある。けれども、そんなことはできなかった。死んでしまえば、この世界に負けてしまう気がするから。そんな言い訳をして。本当は、ただの臆病者なのに。

 死ぬのが怖いから死にたくない。でも、他人は殺す。最低にも程がある。


 もう一人の僕が、呆れたような声を出した気がした。

 思わず、袖で自分の目元を隠した。すると、


「はい、これ食べて」


 そんな可愛らしい声が聞こえたと思ったら、突如、口の中に何かドロドロした物を突っ込まれた。何だろうと思い舌で口内に広げてみると、


「うげっ……おぇー」


 辛くて苦くて臭い、とんでもない風味が鼻を突き抜けた。早く口の中の物を吐き出そうと試みる。


「大丈夫だから。ほら、飲み込んで」


 が、直後蓮の葉の先を無理やり口元にあてがわれ、中に入っていた水によって吐き出しかけた物が押し返された。


「ん〜〜!」

螻蛄おけらとにんにくをすりつぶして混ぜ合わせたものなんだけどね。どっちも消化器官に効く植物だから、吐き出さないでね」


 そう言われたので、大人しく鼻をつまみながらゆっくりと飲み込んだ。


「いやー、よかったよ。臭いとか味とか形とか、私の世界で知ってるものがこの世界にもあって」


 オケラは初めて聞いたけど、にんにくは知っている。そっか、あれってお腹にもいいんだ。


「あ、えっと……」


 お礼を言おうと口を開きかけるが、妙な恥ずかしさが口の周りに絡み付いてうまく動けなかった。それでも、一生懸命に口を動かす。


「あ、ありがとう。……ハルカ」


 すると、彼女は一瞬驚いたような表情になった後、顔が段々トマトのような色に変化していった。一体、どうしたのだろう。


「か……」

「か?」

「可愛ええええぇー‼」

「え、え?」


 突然発狂しだした彼女に、僕はどうすればいいのか分からず全身を硬直させた。


「そう言えば、貴方の名前は?」

「え?」


 突然の話題転換に、頭がついていけなかった。


「だから、名前。まだ聞いていなかったし」


 なんだ、そういうことか。確かにまだ言っていなかったな。


「僕は……」


 そこまで言うと、一時的に片隅に追いやっていたあの事件ときの記憶が蘇ってきた。言うまでもなく、あの場所での記憶。


『二度と来るな! この悪魔が!』

「……………………」

「どうしたの?」

「……あ、ごめん」


 少しだけ微笑んでから、大きくため息を吐く。


「……僕には名前が無いんだ」

「え?」


 ハルカの世界では分からないけれど、この世界の常識として、名前を持っていない者は下等人種、言い方を変えれば、被差別人種として扱われる。それだけ聞くとまだ聞こえはいいが、要は『人の様な何か』という評価を受けることになるのだ。

 それらのことを、ハルカに掻い摘んで説明した。


「そう……なんだ」


 ハルカは気まずそうに眉を寄せながら、何かを考えているのか、しきりに目を左右に揺らした。


「じゃあ、今日から貴方の名前はタマね」

「……え?」

「だって、名前が無いと不便でしょ? たまに呼び方に困った時があるし」

「いや、なんでタマなの?」

「不満?」

「不満しか無いけど!」


 ハルカはまた目をキョロキョロさせながら、首を捻っていた。


「じゃあ、木村ケビン?」

「……やっぱタマでいい」


 なぜ、こんなにも名付けの才能が無いのだろうか。


「でさ、タマ。ここから一番近い町ってどこ?」

「町?」

「村でもいいんだけど、要するに、どこか休める場所なんかあれば」


 ここから一番近い村と言えば、この平野をまっすぐ北へ数時間程歩いたところに、【アイリス村】がある。しかし、そこは僕の故郷。できれば行きたくない。そこからさらに北へ行けば、【アネモネ村】という、港村がある。しかし、そこまでには少し距離があり、丸一日をまたがらなければいけない。当然、凶暴な動物に出くわす危険も孕んでいるので、最低でも火の魔法がある程度使えるようになりたいところ。


 ちなみに、僕は一回発火させるだけでもキツい。ハルカは……


「ハルカ、火の魔法って使える?」

「え、この世界って魔法があるの⁉︎」


 ハルカはキラキラした目でそう言った。

 はぁ、結局、故郷へ行かなければいけないのか。僕は少し重くなった気分を引きずりながら、徐に口を開いた。


「ここをまっすぐ行くと村がある」

「なるほど、じゃあ、早速その村へ行こう」


 がしっと腕を掴まれ、そのまま引っ張られた。


「う、うん」


 ハルカは少し頑固なのだろうか。でもそれが、今はちょっとだけ心地よかった。

 なんだか、ハルカに助けられてばかりな気がする。今まで感じたことがないほど嬉しいが、少し申し訳ない。僕は彼女に何ができるのだろう。


 とりあえず、ひんやりと冷たいその手を温めてやろうと思った。

活動報告にてお知らせがあります。もしも見てやろうではないかという方がおられましたら、ぜひ立ち寄ってください。

11/8 改行を多用しました。細かい表現を修正しました。

12/20 表現を修正しました。

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