2.砂色の世界と猫目の少年 ❤︎
あれから、どのくらいの間意識を失っていたのだろう。窓から飛び降り自殺をしようとした時、一瞬だけの鋭い痛みを患い、それからしばらく意識を失っていた、というところまでは覚えている。今、その意識を取り戻した私は、なんだか不思議な、暖かい気持ちになっていた。
夢の様なものを見ていた。目の前にはとてもプログラムチックで大きなスクリーンがあり、その中に入っているもう一人の私を見ている夢だった。
その子は親と喧嘩することも無く、あの片目を失う様な事件が起こることも無く、年甲斐もなく麦わら帽子を被りながら、両親と一緒に満面の笑みで花畑の中を走っていた。
右を見れば立派な向日葵の花、左を見れば可愛らしいアイリスの花。とても幸せそうだった。
私はその光景に憧れて、ゆっくりと手を伸ばした。けれどもその画面に触れられず、その手は虚しく空を切る。焦って何度も繰り返すが、結果は一向に変わらない。悔しくて、顔を俯かせてしまう。
やがて、短い夢は終わりを告げた。なぜか身体全体に悪寒が走り、どうしようもない不安が私を襲った。助けを求めてスクリーンを見るが、そこに先程の光景は無く、ただ黒白の砂嵐が巻き起こっていた。
世界は崩れていき、声にならない悲鳴を上げて、見えない何かに手を伸ばして――
「くしゅん!」
気付いた時には夢から醒めていて、どこだかよく分からない場所に寝ていた。
目の前にあるのは岩ーーという表現は適切じゃないかな。そこは洞窟だった。私の寝ていた所には長い藁の様な草が敷き詰められており、狭い道の真ん中には薪が焼べられていて、それが照らす壁はなんとも物々しい雰囲気を醸し出していた。
外を見てみると、完全に真っ暗になっていた。
「ふぁっ……くしゅん!」
違和感を感じて自分身体を確認してみると、はて、いつの間に服を脱いだのだろうか。私の上に千草色のぼろぼろなシャツが布団の様に被せられているだけで、下着以外は全て脱がれていた。
一応、記憶は……ある。少なくとも、私が自殺を図って、気付いた時にはなんだか悲しい夢を見ていたところまでは覚えている。しかし、なぜか今までの様な悲観的な気分にはならない。
もしかして、ここが天国というところなのだろうか。天国では、なぜかみんな落ち着いた様な気分になると言うらしいし。そう思ってまた周りを見回す。
……なんというか、その……最近の天国って、随分とワイルドな感じになっているんだな。と、呑気にもそう思った。
ふと見上げてみると、私が元々着ていた水色のパジャマが、焚き火の近くの壁にある出っ張った岩に、器用に引っ掛けて吊るされていた。
私は身体の上にかけられたシャツを退けて立ち上がり、そのパジャマを手に取った。微妙に湿っているが、着れないことは無いので、そのまま着替えた。
すると視界の端に、人が倒れているのに気付いた。慌ててそちらに視線を移すと、一人の男の子が上半身裸のまま、身体を丸めて気持ち良さそうに眠っていた。
あどけなくて、思わずショタコンに目覚めてしまいそうな程可愛らしい顔、身体には全く毛が生えていなくて、折れてしまいそうな程細くて線が薄い身体つき、少し長めの髪はさらさらな三毛。頭に三角形のネコミミが乗っていた。
なぜか胸の辺りから身体全体にかけて、少しずつ熱くなっていくのが感じられた。
ショタ、男の三毛、ネコミミ、これ即ち――
「萌えーーーーーー‼︎」
「んにゃあぁ⁉︎」
私が突然叫んだのが原因で、眠っていた彼を起こしてしまった。
「あ、ご、ごめん」
彼は何事かとしばらくキョロキョロした後、私の姿を目に捉え、安心したのか、目線を和らげた。それでも、どこか警戒している節があるけれど。
その目の中の瞳孔は、猫の様な三日月形だった。
「よかった。目を覚ましたんだね」
声も落ち着いた少年の様で透き通っていた。やはり彼は正真正銘、天使ではないのだろうか。
ネコミミの天使……イイ!
「えーと、大丈夫? 鼻血出てるけど」
「はっ! お見苦しいとこお見せしました!」
彼から水が注がれた蓮の葉っぱを差し出されたので、ありがたくそれを受け取り、それで鼻を洗った。
「ところで、君は? どこから来たの? なんか、空から降ってきてたんだけど」
洗い終わって袖で鼻を拭いていると、いきなり彼が聞いてきた。
「あ、はい。東雲 遥花、十六歳、今年で高校二年生です。わざわざお迎えにあがって下さり、ありがとうございます」
「え? あ、うん。どういたしまして?」
彼は「迎え?」と呟きながら、しきりに首を傾げていた。
「それで、私はどこに行けば良いのでしょう?」
「いや、知らない」
出鼻を挫かれ、ガクッと転びそうになった。
「待ってください! 知らないってどういうことですか!」
「ちょっと待って、君は一体何の話してるの?」
「ここって天国じゃないんですか⁉︎」
「僕も勝手に殺さないで」
まさか、天国じゃない? ということは……
「……異世界?」
その台詞に、目の前の彼が訝しんだ様に、目を細めた。
「どういうこと――」
突然、その場の空気が変わった。
「……テメェは何者なんだ?」
彼の三日月形だった目は、ぐわっと満月の様に広がった。それと同時に、少しずつ収まってきたと思っていた警戒の色が、今度は殺気となって私を襲った。しかし直後、
「は……」
不意に彼の瞳孔が三日月形に戻り、溢れていた殺気は静まっていった。
私は何が起こったのか分からず、座り込んだまま動くことができなかった。
彼はどこを見ているのか、しばらくぼーっと突っ立ったまま動かず、重苦しい風がその場を吹き抜けた。やがて、彼はその焦点の合わない目で、
「ありがとう」
と言い、そして視線を私に合わせ、
「……ごめん」
と言って、そそくさと洞窟から立ち去った。
まだ、私は動けないでいる。
バチッと、焚き火から発せられた音が、その場の寂しさを更に強調させた。
少年が突然豹変した理由は、後に明かされます。
今、過去の小説の字下げができなくて少し焦っています。自動字下げ、使えばよかった(泣)
10/28 遥花が恐怖する描写をカットしました。
12/20 表現を修正しました。
11/8 改行を多用しました。細かい表現を修正しました。