13.赤色のミオソティス【中編】♠︎
予定より少しだけ遅れてしまい、申し訳ありませんでした。後、今回はいつもより少し長めです。
「不審者?」
自宅兼村役所の、自宅玄関とは反対側に位置する大広間に入った僕は、村長椅子に座る初老の男性――我が父親に、先程見張り番をしていたときの様子を簡潔に伝えた。
「うん。どうした方がいいと思う?」
「そうだな……だが、リズマリアには今も見張らせているのだろう? あいつがまだ緊急用の鐘を鳴らしていないということは、そこまで気にするものではないのでは?」
緊急用の鐘というのは、見張り用の高台に設置されている、直径が成人男性の二倍ほどの大きさを誇る巨大な銅鑼の事を指す。かの港町との交流の証として貰い受けた代物だ。
「けど、なんとなく挙動が怪しいんだよ。盗賊の可能性もあるし、最低でも、声をかけた方がいいんじゃないかと思うけど」
「しかし、もしも港から来たものだとすれば……それに、盗賊だったら……」
父さんはそう唸りながら、腕を組んであちこちへと歩き出した。
その港町は人間族、亜人族が共存する、この島の経済の中心地であり、この村は名物の薬草や製薬の技術を対価に食糧、資金や建築などの技術力を提供してもらっている。何かの拍子にそこの町長の機嫌を損ね、交流が途絶えてしまうことがあれば、この村の存続にかかわってしまう。まあ、僕はその不審者の身なりがあまりよろしくないという事から、その可能性は低いと思っている。あくまで、希望的観測に過ぎないが。
もちろん、その不審者が盗賊の一味だという可能性も十分高い。だけど、父さんは多分、もしそうだったとしてもそこまで脅威にならないと思っているだろう。
実際、この村には薬草を取るついでという理由で狩人が多いし、そうでなくても、鍬を持たせれば戦力になる男はそれなりにいる。普通の盗賊団なら十分迎撃可能だろう。だが――
「もしも、普通の盗賊団じゃなくて『ナナシ』だったら……」
「いや、それはないだろう。あいつらは、人間族しか襲わないらしいからな」
ナナシ――様々な地域にはびこる無名の盗賊団――とは、数年前に大陸の方で興った、巨大な武装組織だ。一応盗賊団という位置付けだが、どちらかと言えば過激派の宗教団体に近い。
この組織は、この辺ではほとんど無いが、大陸て中心に起こっている、亜人達を卑下する文化に嫌気が差した男が組織したと言われている。どういうわけか人口も日に日に増加しているらしく、今や大陸で最高の戦力を持っている『エルム王国』ですら迂闊に手が出せない程の巨大勢力となっている。
彼らの特徴の一つに、僕らみたいな亜人にはほとんど危害はなく、人間族を好んで襲撃するというのがある。とは言っても、亜人を全く襲撃しないかと言われれば、稀ではあるがそうでも無い。そこが厄介なところでもある。
それに、問題になり始めてから数年経った今でも、まだ本当の拠点が見つかっていない。小さい拠点は見つかっても、未だに撲滅できていない理由はそこにある。
また、ここからはただの噂だが、僕の様な呪いを持った人外の戦闘員がいるらしく、そうでなくても十分強い人達が在籍しているとのこと。
話が大分それてしまったが、つまり、少ない確率とは言え、もしも『ナナシ』がこの村を襲ったら大変なことになる。
「うむ」
父さんは一つ頷くと、腕を組んで僕の目をじっと見た。
「とりあえず、この話は保留にする」
「父さん……」
「一応、村の男共に準備するよう、通達しておく。それでいいか?」
期待していた答えと違って思わず反論しかけたが、直後に放たれた台詞に、僕は少しだけほっとした。
「いや、僕が通達していくよ。その方が早い」
「そうか、じゃあ、頼んだ」
「ふーん、そうか」
僕が住民の人達に通達して、家のリビングに入ると、リズがもう見張り番を交代して家に帰っていたので、父さんと話した内容を軽く説明した。
「まあ、明後日は村で祭りがあるからな。準備もあるし、あまり男手を減らしたくなかったんだろうけど」
「へ? 祭り?」
どこかで聞いたことのあるその単語に、思わず素っ頓狂な声が出た。なぜだか、背中に冷たいものがあふれ出て止まらない。
「……まさか兄貴、忘れていたとは言わねえよな」
「えっと、アハハ……」
たった今思い出しましたとは言えない。そんなことを忘れて、ずっと畑仕事と鍛練と物語を読みふけっていましたとは口が裂けても言えない。そういえば、その日はリズが歌って、僕がピアノで伴奏しなければならないんだったか。
「ってことは兄貴、伴奏の練習もこれっぽっちもやってなかったってことか?」
「ハハ……その……ね?」
後に聞いた話なのだが、その日の夜、近所のおじさんが眠っている最中に、目が覚めるほどの大音量で「このバカ兄貴!」という声と、ビンタの音が村中に響き渡ったらしい。
そして翌日、朝ご飯を食べ終わった時のこと。
「……まだほっぺたが痛い」
「ふん! この程度で済んだ妹様の寛大な心に感謝するんだな」
「本当に寛大だったら、こんなこと――」
「なんか言ったか?」
「……いや」
僕は目を逸らしながら、恐らく未だに鮮やかな紅葉が浮かび上がっているであろう頬を抑えた。母さんは、何が面白いのか口元に手を当て、クスクスと笑いながら、木の実や薬草を集める為の籠を持って、玄関の扉に手をかけた。ちなみに、父さんは忙しいらしく、昨日の晩からまだ帰ってきていない。
「はあ……とりあえず兄貴、ここに楽譜が二部あるから、今日中にみっちり詰め込むぞ」
僕は肩をすくめながら、彼女が持っているうちの一部を受け取り、部屋のの奥の古いアップライト・ピアノまで移動した。
楽譜を開いてみると、パッと見そこまで難しくなさそうでもなかったので、少し安心した。
「リズムはあたしが教えてあげるから」
確かに、リズムに関してはその方が早いと思い、リズに指南を頼むことにした。
「じゃあ、いくぞ。んんっ――」
リズは軽く咳払いし、そしてその口から、優しい音楽が紡ぎ出された。
普段の男口調から雰囲気が打って変って、とても優しく、包み込まれるような感じ。とても透き通った声で、どこか神聖さが醸し出されていた。流石は、港町でも『歌の女神様』と呼ばれているだけあると思った。
彼女が四小節分を歌い終わると、僕がそのリズム通りに音を奏でる。そんなことをしばらく繰り返して一通りリズムが完成すると、今度は楽譜を見ながら和音を奏でる。
そしてようやく、この一曲を完成させることができた。外を見てみると、もうお昼過ぎになっていた。
「おつかれー、やっぱ兄貴は覚えんの早いな。めちゃくちゃ上手いし」
「いや、そんなことないよ」
「だから、毎回毎回謙遜すんなっての」
リズが僕の背中をやや強めに叩き、喝を入れてくれた。相変わらず、普段のノリは男子みたいだ。
「リズも、相変わらず歌に磨きがかかっているね」
「な⁉ そ、そんなことねぇよ……」
「……リズも謙遜してるじゃん」
「う、うっせぇ!」
リズは微妙に赤くしながら、短くてさらさらした前髪をいじりながら言った。
「だったら、ちょうどいいじゃん」
「何が?」
「最高の歌声に、最高の演奏者がここに揃ってんじゃねーか」
「いや、最高って……」
「いいんだよ! そういうことで」
リズは恥ずかしそうに、早口でまくし立てた。
「最高の歌声に、最高の演奏者、後は、最高の音楽を奏でるだけだろ。あたし達にはそれができるんだから」
彼女はどや顔でそう言ったが、
「……それって、僕達が音楽を始めたばかりの頃もリズが言っていたことだよね」
「べ、別にいいじゃねーか! 別に……」
リズは恥ずかしそうに俯いてしまった。
「まあ、ありがとう」
そう言って、僕は優しくリズの頭を撫でた。
「……え?」
「明日は滅多にないお祭りなんだ。僕達で最高の音楽をみんなに届けよう」
僕の台詞に、リズはきょとんとしてしまった。少し臭かったかなと自分の発言に不安を抱いていると、リズが、
「……ああ、そうだな」
とだけ言って、気持ちよさそうにそのままじっとしていた。
すると突然、外から銅鑼の音が聞こえてきた。
その音が意味すること――僕は、なぜだか嫌な予感がしていた。
実は、この世界の住民に関しては技名以外できるだけカタカナ英語を使わないという縛りを設けていたのですが、音楽のシーンで作者自身が混乱してしまったので、これからは音楽にもガッツリカタカナ英語を使っていきます。
また、少しわかりにくい内容があったらご指摘下さると幸いです。もちろん、どんな辛口コメントも簡単なコメントも随時受け付けております。




