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猫目の狂奏者《バーサーカー》  作者: 来海 珊瑚
第一章 階調のアイリス
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11.固さと柔らかさ ❤︎

 今、私たちは、村の外にある例の建物にいる。廃屋だと聞いていたが、壁や屋根を見てみると穴などが全く無く、古いとはいえ誰かが住んでいると言われても不思議ではなかった。


 あれから何とかライムをなだめて落ち着かせてから、そろそろ村から出ようという旨をおばさんに伝えた。それを聞いた彼女は、「じゃあ、これを持っていきなさい」と台所にあるバスケットの中からいくつかの黒パンを差し出してくれ、ついでに、この廃屋の場所を周辺地図と一緒に教えてくれた。黒パンをもらったとき、今まで忘れていたかのように私のお腹が鳴ったのは不覚だったけど。

 それから私は、ライムにまたローブを着せて、彼の正体を察知されないようにおんぶしながら村を出た。

 玄関の扉を開くと、ライムがすぐに私の背中から降り、右の方にある小さな部屋に飛び込んで扉を閉めた。私もその部屋に入ろうとドアノブに手をかけると、ガッと、まるで異物が詰まっているような抵抗感が手に伝わる。


「……ちょっと、独りにさせて」


 ――どうやら、手でドアノブを固定させているようだった。どうすればいいか分からずその場で立ち往生していると、突然、バンッと、向こうから扉を叩かれた。


「いいから、どこかへ行って」


 語気を強められたその言葉に私は思わず萎縮してしまい、ずこずこと、その場を立ち去ることにした。



 奥のそこそこ大きい部屋に入ってみると、埃を被っているものの、中にある家具はなぜか小奇麗で、ここの元主人はなんでまだ使えるものを置いて行ったのだろうと不思議に思った。

 椅子に座って袋に入った黒パンを一つ齧ってみる。が、それはゴムのように硬く、噛み千切る前に歯を持って行かれそうになる。なんとか噛み千切って咀嚼すると、独特の酸味が口の中全体に広がった。正直に言えば、あまり美味しくない。もう一口齧ってみて、ふと、しょっぱい涙をこのパンに染み込ませれば少しは軟らかくなるのだろうかと、変なことを考えた。


 そういえば、私もまだ自分の過去のことを彼に話していない。

 やはり、彼に自分のことを話してもらう為には、私も腹を括るべきなのだろうか。もちろん、自分の忌まわしい過去なんて他人に言いたくもないし、思い出したくもない。けれど、死んで転生してしまった私はもう後戻りできないが、彼はまだ少なからずやり直せる可能性を残している。厚かましいかもしれないが、彼には、私の二の舞になってほしくない。


 ――よし、言おう。

 そう自分自身を鼓舞るが、結局彼はその日のうちに現れず、ただ窓の外の真っ暗な景色を眺めるだけで時間が過ぎていった。



「――るか、ハルカ、起きて」

「むにゃむにゃ、あと五分だけ……」

「何言ってるの……風邪ひくよ。早く起きて」


 誰かに身体を大きく揺さぶられ、今までの気持ちいい眠りを邪魔される。そして仕舞いには、


「……よっ!」

「キャッ、冷た!」


 私のむき出しの首筋に冷水の小さな粒がばら撒かれ、頭と身体が同時に一瞬で覚醒した。


「ぶー、誰なの? せっかく気持ちよく眠っていたの……に…………」


 素早く体を起こし、私の眠りを邪魔した犯人に精いっぱいのジト目を向けると、そこにいたのは、


「おはよう、ハルカ」


 金属製のコップを左手に持ち、右手が濡れた、昨日とは、雰囲気が百八十度変わったライムだった。……ライム?


「うわ! あ、あはは……えーっと、今日も素晴らしい天気で……お後が宜しいようで」

「……? ハルカ、それ、意味が違うよ」


 少し気まずい私とは対照に、真っ青の悲壮感はどこに置いて来たのか、彼の顔はどこか晴れやかで、少しだけ清々しい感じを出していた。けれども、よく見てみると目元が少しだけ赤く、こすったような跡が残っていた。その様子を見て、私はやはり心の中に気まずさを残すことになった。

 今更だが、私はどうやらベッドに潜らず、机に突っ伏したまま寝ていたようだった。普通こんな体制で寝ていたら体中が痛くなるものだと思うが、不思議と、そんなことはなかった。


「とりあえず、朝食を食べよう。僕は、昨日一日中何も食べてなかったし」


 そう言いながら、彼は私が持ってきた袋から黒パンを一つ取出し、力任せに引き千切った。そして、コップの中の水を飲み干す。昨日の戦闘中の時も思ったが、彼の身体は華奢でありながらも相当力が強いようだ。黒パンの味に微妙な顔をしているものの、難なく手の中の黒パンの体積を減らしていっている。

 私も黒パンを手に取って齧るが、朝起きたばかりで力が弱っている所為か、はたまた、昨日これを食べた所為で顎が筋肉痛になっているからか、今度はそれを噛み千切ることができなかった。ガジガジと何度も噛むが、結果は一向に変わらない。


「近くの川で、水を取って来ようか?」


 ライムが、そう私に尋ねてきた。


「……うん、お願い」


 そう答えると、彼は机の上に逆さまに調度されていた金属製のコップを二つ持って、外に出て行った。

 彼を見送った私は、どのようにして彼に自分のことを伝えるか頭の中で何度もシュミレーションしながら、諦めて口にパンをくわえたままボーっとしていた。



「お待たせ」


 シュミレーションが完了する前に、彼が戻ってきてしまった。きれいな川が近くにあったのか、彼が出て行ってから五分ちょっとしか経っていない。


「お、お帰り……ありがと」


 ライムからコップを受け取り、それにパンを湿らせながら、パンを食べていった。今度は、簡単に噛み千切ることができた。

 しばらく考えながら口をもぐもぐさせて、ようやく言う決意が固まった。

 ――私の過去のことについて話すよ。そう言う直前、


「やっぱりハルカには、僕の過去のことについて話しておくよ」


 今回は、私が後攻を取ることになった。

次回、タマことライムの過去編です。

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