10.届かないキモチと届けられないキモチ ❤︎
ギィっと錆びた鉄の音を立てて、古臭い木製の扉が開かれた。
「さあ、入って」
おばさんは玄関に足を踏み入れてから後ろを向き、私を手招きした。彼女も頭にもタマと同じ様なネコミミが乗っていて、しかも三毛なので、これが本当の招き猫ということか。
「お、お邪魔します……」
そんなくだらない事を考えながらも、私も恐々と玄関の扉を潜った。彼女は靴を脱がずに部屋に入っていったけれども、私は靴を履いていなかったので、仕方なくそのまま入る。
私達は今、先程の村に入ってから住宅地や売店などが混同している大通りを、しばらくまっすぐ抜けた先の一角にある全ての建物よりも一回り大きい、それでも東京都内の一軒家にも満たない程度の大きさの家――タマの実家に来ている。ちなみにタマは、彼女が持っていた黒いローブに包んで私の背中に眠らせている。
移動中に聞いた話だが、どうやらタマは、この『アイリス村』の村長の息子らしい。お坊ちゃんだったというわけだ。羨ましい。ちなみに、彼女はタマの母親だった。
けれども、だったらなぜタマはあんな辺境地で一人過ごしていたのだろう。
そんなことを頭の片隅で考えていると、いつの間にか奥にある寝室らしき場所に通されていた。
私は彼のローブを脱がせて、壁際に寄せられている、少しだけ古びたベッドにそっと寝かせた。
「よかったら、どうぞ」
いつの間にか、おばさんがお盆にお茶の入った陶器のカップを二つ乗せて持ってきた。もわもわと、白い湯気が立っている。
「あ、ありがとうございます」
そう言いながら、熱いコップの淵の上辺りに鼻を近づけてみる。まるでコーヒーみたいに黒い液体には少し癖のある薬草のような香りがあるものの、これはこれで私の気分を落ち着けてくれた。一口だけ口をつけてみると、少し強めの苦味と渋みの中にどこか淡い甘みがあり、ふと和菓子を口にしたくなる。これは時間をかけてゆっくり飲みたいと感じた。
「すごく、美味しいです」
「あら、うふふ、ありがとうね」
思わず口にした言葉に、おばさんは朗らかに笑ってくれた。こうして見ると、笑い方がタマによく似ている。
「さて、そろそろ本題に入りましょうかね」
おばさんはお茶を一口飲むと、そう切り出した。私も飲んでいたお茶をその辺に置いておく。
「まず、いつからライムと一緒にいたの?」
ライム? 柑橘系のやつを指しているのだろうか。当然、私はいつもそういう物を持ち歩いている柑橘系女子ではない。
「いや、私はライムなんて持っていません」
「え? ああ、違う。そっちのライムじゃなくてね――」
彼女は気持ちよさそうに寝ているタマの方に近付き、彼の頭をぽんとなでる。
「――『ライム・キャトル』この子の名前よ」
その台詞に、私は目を見開いた。驚いたからではない。
「すごく、可愛い名前ですね」
「でしょう? 最初生まれた時、三毛だったし女の子だと勘違いしちゃってね」
「あー、分かります。今もすごく可愛いですしねー」
「これでも、もう十八くらいになるかしらねぇ」
「え? 私よりも年上なんですか!」
そんな風に女性二人で、タマことライムの事について会話の花を咲かせていた時、突然、おばさんはまだ活気のある顔を曇らせた。
「でも、あんなことになるなんてねぇ……」
「あんなこと?」
私が思わずそう聞いた時、彼女は意外そうに私を見た。
「おや、まだ聞いてないのかい?」
「は、はい。過去に、何か嫌なことがあったのかなとは思いましたが、詳しくは……」
「そう……」
彼女は言ってもいいかしら? と口にしながら悩んでいると、急にはっとしたような顔をし、私のほうに向いた。
「ごめんなさい、話が脱線しちゃったわね」
そういえば、そうだった。確か、いつからタマもといライムと一緒にすごしていたのかという話だったか。
私は、私がこの世界に降り立ったところからライムと出会ったところまでを、掻い摘んで説明した。
「そう、貴女、異世界人だったのね。にわかに信じられないけれども」
「はい。ところで、この世界に異世界人っているんですかね」
「そうねぇ……少なくとも、この辺りでは聞かないわね」
「そうですか……」
もしかしたらこの世界の疑問――特に言語問題――について何か知れるかなと思ったけれども、そんなうまくいかないようだ。まあ元々、元の世界に帰るつもりは無かったのでそこまで重要なことではない。
「……だとしたら、貴女は何で彼と行動を共にしているの? 今更こう言うのも変だけど、私達は亜人だし、それに…………もしかして、彼の呪いを知らないの?」
彼女は、その人間の様な目で何かを探るように私を見た。
「いえ、多少は知っているつもりです」
「だったら……」
「ライム君は、前の世界の私に似ているんです」
何かを言おうといた彼女を遮り、私は言葉を続けた。
「何があったのかは知らないんですけどね。彼は、なんか全部一人で背負いこもうとしている感じがして、このままだと私みたいに潰れちゃいそうで……何ですかね…………うまく言えないんですけど、その…………」
思わず震えてしまいそうな脚を押さえて、ぐっと拳を握った。
「もういいわ。ありがとう、教えてくれて」
彼女は私の拳にそっと触れて、口を綻ばせた。そして僅かに顔を引き締め、その場を立ち上がる。
「もうすぐ日が沈むけど、どうする? 村の外にある廃屋にでも泊まる?」
その台詞に、私は強烈な違和感を抱いた。
「失礼ですけど、何で……」
「ごめんなさい。ライムは、本来は村の中に入れちゃいけないのよ」
私の言葉を遮り、彼女はそう言い放った。
「せめて、昔何があったのかだけでも……」
「……本当にごめんなさい。それは、出来れば本人から聞いたほうがいいわ」
そんなやり取りを繰り返していた時、ライムが目を覚ました。
「うん……ここは?」
「ライ……タマ! ようやく目覚めたんだね」
ライムがきょろきょろと辺りを見回していると、やがて、その目がおばさんを捕らえた。
突如、彼は飛び起き、おばさんから大きく距離をとる。
「う、うわああ!」
「え?」
突然の不可解な反応に、私は無意識に声を上げた。
「ひ、こ、来ないで! 僕が悪かったから! もうやめて……」
彼は、その場で頭を抱え、縮こまった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
おばさんの方に視線を向けると、彼女は、とても悲しそうな表情をしていた。
少し分かりづらいかなと、不安になっています。もしかしたら、後に修正を加えるかもしれません。




