0.プロローグ ❤︎
突然ですが、鬱展開あります。ご注意下さい。
「……るか、ご飯置いておくから」
お母さんは私の部屋お扉越しにそう言うと、私の部屋の前に陶器のような物がコトリと音を立てて置かれた。その声によってうっすらと目を覚ました私は、部屋の隅っこに置かれた小さなベッドの中で小さく「……うん」とだけ呟く。多分、届いていないと思うけど。
ここは東京都北区の住宅街の一角で、歩いて五分程で埼玉県に入ってしまうような辺境の地。けれど、それ故に交通の便には全く不安がない。そんな場所に構えている三階建て一軒家の最上階の一室で、私は一ヶ月前から引きこもっている。
私はいつもの様にむくりと起き上がり、徐に背中を大きく伸ばした。今日は珍しく、慢性の目眩は起こらなかった。
――今日こそ、学校に行けるかな?
そんな淡い期待を胸に抱かせながら、ゆっくりと立ち上がり、私の高校のブレザーを手に取った。長い間着ていなかった所為か、薄く埃を被っている。
なんとなくそれに袖を通すことを躊躇われ、食欲も無いので、まずはネットでもやろうと思い、部屋のノートパソコンの前まで移動する。しかし気分が乗らない所為か、起動させられる程強くボタンを押し込むことが出来ない。
仕方なく朝食を摂ることにして、扉の前まで歩を進めた。そこでふと、左手の位置に置かれたドレッサーの鏡に映った人物が、私の目に入った。
その人はーー自分で言うのもなんだがまあまあ整った顔立ちで、ちょっと珍しい藍色のロングヘア、日本人女子高生にしては少し高めの身長、そして、左右で若干色の違う目を持っていた。
その瞬間、思い出すーー助けを乞う度に顔面や腹を強く殴られ、ついには左目の奥で何かが潰れた様な音が。
そしてまた、思い出すーーこの左右違う目の所為で今まで親しくしてくれていた友人から気味悪がられ、ついにはクラス……いや、全てから孤立してしまった光景が。
「――っ!」
急いで廊下に飛び出す。
折角運んでくれた朝食を蹴り飛ばしてしまったが、今はそんなこと気にしていられない。
すぐ近くにあるトイレへ飛び込む。
そして――
「おぇぇ…………」
出す物もないのに、胃から何かを捻り出そうとさせられた。そして、記憶がフラッシュバックされる。
血の臭い、硝煙の臭い、カビの臭い、埃の臭い。
サイレンの音、水の音、嘲笑の音、何かが壊れる音。
「うっ……」
また嘔吐する。なぜだか、吐いていないと楽になれない様な気がした。直後、それを思い知らされる。また記憶が――
『いいから黙れっつってんだろうが! 殺されてえのか!』
『東雲さん、もう、私たちに関わらないでくれるかな?』
『キモいんだよ、このブス!』
「はぁ、はぁ……げぇー……」
もう嫌だ。苦しい。思い出したくない。そう思っているのに、まるで連想ゲームのごとく記憶から引きずり出される。
それから十分後、何度繰り返したか知れない吐き気を抑え、ようやく落ち着くことができた。同時に、涙が落ちてくる。一粒、二粒と……。
……今日こそ、学校に行かないと。
――嫌だ。これ以上、みんなから後ろ指を指されたくない。
でも、あんまり引き籠っていると、お父さんやお母さんに合わせる顔がない。
――どうせ、愛されてなんかいない。だって、これだけ大きな音を出したのに、心配して駆けつけてくれる様子もないんだから。
でも……そっか…………そうだよね――――。
――――――――。
――もう、死んじゃおうかな。
その思考にたどり着くと、なぜか段々とそれが名案に思えてくる。それを考えていると、やがてそれしか考えることが出来なくなった。
どうせ私は孤独なんだから。私が死んでも、どうせ、何も変わらない。私の辛い日々が無くなるだけで、きっと、みんなの日常には何も支障をきたさない。
私はゾンビの様に立ち上がり、重い足取りで私の部屋の窓へ向かった。
――もう、何も未練はない。ううん、むしろこっちの方がいいのかもしれない。
ゆっくりと窓に手を掛け、身体を乗り出す。
――あ、遺書書いてないや。まあいいか。どうせ、誰も私のことなんて気にしていない。
そして、手を離した。
11/8 改行を多用しました。
12/20 表現を修正しました。